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吉良上野介から見た忠臣蔵

吉良上野介関連の文学作品を紹介

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このブログについて

「仮名手本忠臣蔵」以来の忠臣蔵モノを通じて日本人共通の悪役にされてしまった感のある吉良上野介義央。
 ですが、一連の事件の原因部分は意外にも謎だらけ。「浅野内匠頭へのイジワル」説も、実は確たる証拠がないとされます。
 このブログでは、時代時代で描き継がれてきた、吉良サイド視点からの文学作品やエッセイなどを、以下の4+1分類で紹介しています。
 また、ここに載っていない作品がある場合、ぜひご紹介ください。媒体は問いません。

1. 吉良上野介を主人公にした物語
2. 周囲の人物を主人公にした物語
3. ファンタジー・パロディ・創作的要素の強い物語
4. 解説書・エッセイなど
付録. 吉良上野介にまつわる場所

 ゆかりの地への旅行記なども、そのうち載せられたらいいと思います。

※ブクログまとめ・NAVERまとめが閉鎖になったため引っ越しました
※このブログは個人が趣味でまとめた物であり「こんな本があるんだ」という参考にはなるかと思いますが、学術的価値についてはお約束できません

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付録. 吉良上野介にまつわる場所

吉良邸跡(本所松坂町公園)

 東京都墨田区。吉良上野介最期の地、つまり吉良邸跡地の一部で、現在は小さな歴史公園になっています。赤穂浪士が上野介の首を洗ったとされる井戸や、上野介の木造のレプリカなど、ゆかりの品々が並んでいます。
 墨田区観光協会のページで詳しく紹介されています。


曹洞宗龍寶山 萬昌院功運寺

 東京都中野区。上野介含めた吉良家当主四代のお墓があります。赤穂事件当夜討ち死にした吉良家家臣全員の名が載った石碑も。


愛知県西尾市吉良町

 吉良家の領地がありました。ここでは上野介は名君と慕われ、特に地図のエリアには菩提寺やゆかりの史跡がたくさん残っています。西尾市観光協会ページでは市内のゆかりの地を網羅する観光モデルコースが紹介されています。


法華寺

 長野県諏訪市。上野介の養子・吉良義周のお墓があります。義周は赤穂事件当時の吉良家当主でしたが、事件への対応を責められて改易、諏訪へ流されて失意のうちに病死しました。

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4. 解説書・エッセイなど

『ゑひもせす (ちくま文庫)』(杉浦日向子)
ゑひもせす (ちくま文庫 す 2-3)
 江戸時代にまつわる短編マンガ集。
●「吉良供養」
 討入り当夜の吉良邸の犠牲者を一人一人追う形で、惨事の成り行きを辿ったルポ形式マンガ。17ページと短編で、ところどころ喜劇的内容もはさんでいながら、事件そのもの描写には仮借がありません。自筆の緻密な吉良邸絵図面なども添えられた浮世絵風の画面で、江戸時代当時の文書のパロディ、あるいは歴史の裏から見た忠臣蔵、どちらとも取れる怪作。
赤穂側に死者のない事でも
察しがつくが
完全なワンサイドゲームである。
浪士・原惣右衛門によれば
「敵対して勝負仕り候者は
三、四人許り、残りの者どもは
立合に及ばず、通り合せに
討捨て」られたという。
大半の者は事態もわからず
斬られている

<『ゑひもせす (ちくま文庫)』245ページより引用>

『新版 吉良上野介』(鈴木悦道)
新版 吉良上野介
 愛知県西尾市吉良町の、東条吉良氏菩提寺・花岳寺ご住職によるエッセイ集。『実像 吉良上野介』の増補改訂版です。
 地元ならではの貴重な資料やエピソードを豊富に盛り込み、上野介の人となり、吉良家の歴史、忠臣蔵や町の四方山話などなど、吉良家側に立ちながらも偏ることなく書かれています。
 今回の改訂で、吉良町と赤穂市の遺恨を越えた交流の経緯が載せられており、大きな見所になっています。
 若い人びとの純粋で素直な心は気持ちのよいものである。過去のいきさつがどうあろうと、現代に生きる若者同士が心から手を結び合えたのである。こうした機会がなければ、おそらく赤穂と吉良の人びとは、何のこだわりもなく親しく話し合えることは永劫になかったであろう。

<『新版 吉良上野介』185ページより引用>

『吉良の男 (1961年)』(尾崎士郎)
吉良の男 (1961年)
 かつて吉良領だったところに生まれ育った作者が、地元の英雄・吉良上野介、清水一学、吉良の仁吉を通しで描いた貴重な長編伝記です。清水一学部分は同じ作者の短編「清水一学」とほとんど丸々一致しますが、前後にエッセイの形で上野介のエピソードが入れられています。
「お気の毒なお殿様」
 それ以外にいうべき言葉があろうか。もし仇討ちという言葉があるとしたら、それは赤穂浪士ではなくて、吉良領の民が主君の恥を雪ぐために行うべき重大な使命ではないのか。
 これがために吉良上野に対する親近感は年とともに高まってきた。

<『吉良の男 (1961年)』58ページより引用>

『吉良上野介を弁護する (文春新書)』(岳真也)
吉良上野介を弁護する (文春新書)
 別記事の『吉良の言い分』『梅嶺院富子の場合』の作者による吉良上野介解説書。小説執筆時などの参考資料をふんだんに使い、従来の吉良上野介悪役説を否定していきます。
 熱意が高じて論調に少々前のめりな部分があるのもご愛嬌(?)で、「『吉良の言い分』ファンブック」として読むのが面白いかもしれません。小説とセットで、吉良上野介という人物をおさらいできる一冊。
「三人居り申し、皿又ハ茶碗炭なとニ而投打をいたし候ゆへ、間十次郎其まゝ鑓つけ申候、上野介殿前に両人立ふさかり防き申者殊外働き申候、両人共ニ打果申候、上野介殿も脇さしをぬきふり廻り被申候処を重(十)次郎鑓つけ……」(『熊本藩細川氏家中堀内伝右衛門筆記』)
 なんと、なんと、この浪士の談話では、上野介も「脇さしをぬきふり廻」して戦っているではないか。

<『吉良上野介を弁護する (文春新書)』200ページより引用>

『新装版 若き獅子 (講談社文庫)』(池波正太郎)
新装版 若き獅子 (講談社文庫)
 別記事の「元禄一刀流」「清水一学」の作者による短編伝記集。また、浅野内匠頭の人となりを同じ筆致で追った「消防士浅野内匠頭の見参」も収録。
●「台所に隠れていた吉良上野介」
 刃傷事件以後から討入りまでの吉良家の様子をたどるエッセイ。浪士に立ち向かい翻弄される吉良家のありさまを証言資料で追いながらも、吉良・浅野どちらにも過剰に入れ込まない、読みやすい内容です。
 吉良上野介という人物を、これ以上は憎たらしい奴にしたくても出来ないというところまで毒々しく塗り上げた芝居や映画を見ても、今の若い人達は、そういう見方をする。

 現代人をナットクさせるためには、ますます吉良を悪どく、いよいよ内匠頭を清廉潔白に描くということより、忠臣蔵を見せる手段はないものであろうか――。
 この辺で、史実的な忠臣蔵がつくられてもよいと思う。
 吉良の立場に立って描くというのではなく存分に資料を駆使したリアリズム忠臣蔵が出てもよいとおもうのだが――

<『新装版 若き獅子 (講談社文庫)』30ページより引用>

『文学強盗の最後の仕事 (井上ひさしエッセイ集)』(井上ひさし)
文学強盗の最後の仕事 (井上ひさしエッセイ集)
 別記事の戯曲『イヌの仇討』の作者によるエッセイ集。
●「日本の仇討」
 上述の戯曲『イヌの仇討』の文庫版に収められたエッセイを抜き出したもの。吉良上野介を話の軸に、なぜ忠臣蔵は受けたのか、そしてなぜ仇討話は受けてしまうのか、踏み込んで解き明かす一本。
 もうお気づきのように、仇討は、日本の物語の基本的な話型である貴種流離譚、流され王と筋立てが同じである。もちろんこの話型は世界的に偏在するけれども、われわれはとくにこれを愛している。そしてあまりにも愛するがゆえに、実在の人物の実人生までもこの話型に当てはめて理解する。

<『文学強盗の最後の仕事 (井上ひさしエッセイ集)』198ページより引用>

『冗談新選組 風雲児たち外伝 <増補新版>』(みなもと太郎)
冗談新選組 風雲児たち外伝〈増補新版〉
 著者一流のひねりを加えたマンガで見る、歴史上の人物・事件。
●「仁義なき忠臣蔵」
 取り潰された大名家が数ある中で、どうして赤穂浪士だけが討入りの挙に出たのか? という疑問に、方言=お国柄から迫った一作。マンガ中で忠臣蔵の登場人物にそれぞれの出身地の方言をしゃべらせており、浪士のほとんどはヤクザ映画でもおなじみの、キッツい播州訛り。
 マンガ自体は全編ギャグですが、表情やアクションは勢いがあり、腕前を感じさせます。また、忠臣蔵絡みの文章コラムも並行して書かれ、忠臣蔵を演じた役者から切腹のあれこれ、果てはテロリズムについての見解まで、実はすごく真剣な作品です。
 真面目な、正義感のある人間であれば、テロは必ず一度はたどり着く思想であると思います。人間のみが持つことのできる純粋さではないかとさえ考えます。
 しかし、それを実行に移したとたん、人間は何かを踏み越えてしまうと思うのです。人間たることを否定する何かを。

<『冗談新選組 風雲児たち外伝 <増補新版>』175ページより引用>

『吉良上野介随談―人間・霊魂・復讎 (1981年)』(堀川豊弘)
吉良上野介随談―人間・霊魂・復讎 (1981年)
 吉良上野介研究を続けてきた著者による随筆集。
 東京両国の松坂公園(吉良邸跡地)の由来から、秋田に吉良家忠臣の碑を建てた話、資料から見る吉良上野介の人となり考察まで。吉良びいきが高じてだいぶ力みすぎの感がありますが、上野介関連の主要史跡の由来がよくわかります。
 慰霊碑を建てたのは、最初から無縁のみ仏となられた吉良家臣二十士の遺籍、供養の一事に尽きることであって、元禄事件の歴史の改訂の裏付けなどということにはならない。要はひたすら供養に任ずれば足ることである。

<『吉良上野介随談―人間・霊魂・復讎 (1981年)』59ページより引用>

『江戸を駆ける』(神坂次郎)
江戸を駆ける (中公文庫)
 江戸時代の歴史的人物にまつわる短評集。吉良上野介のほか、赤穂「不忠臣」の代表格にされている大野九郎兵衛も、丸々一章割いて解説・弁護されています。忠臣蔵以外には、食べるの大好きな御畳奉行・朝日文左衛門が書き続けたグルメ日記なんて愉快な章も。
●「赤馬にのった吉良上野介」
 吉良上野介という人物を短くまとめた一編。少々上野介びいきが強い感もあるものの、コンパクトで分かりやすい内容となっています。
 吉良の名物に「赤馬」という可愛いい玩具がある。赤馬は、領主、吉良上野介義央の愛した、かれの乗馬なのである。

<『江戸を駆ける』158ページより引用>

『砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)』(ボルヘス)
砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)
 アルゼンチンの国民的作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスによる短編集。本書収録の世界悪党列伝「汚辱の世界史」シリーズの一編として、吉良上野介の名が挙げられてます(いつもの悪役ですが……)。
●「無作法な式部官 吉良上野介」
 A. B. Mitford 著 "Tales of Old Japan" を底本に、吉良上野介というよりは忠臣蔵のストーリーを大まかに紹介し、それを通して全人類普遍の「忠義」に思いを寄せています。作者は独裁政権下で弾圧に苦しんだ経歴を持ち、そのお陰で忠臣蔵の「理不尽な権力へ一矢報いる」という部分に興味を惹かれたのかもしれません。
 彼はしかし、全人類の感謝に価する人物なのだ。なんとなれば、痛切な忠義の心を呼びさまし、不滅の偉業のために必要な凶事を用意したのだから。

<『砂の本 (集英社文庫)』203ページより引用>

"Tales of Old Japan" (A. B. Mitford)
Tales of Old Japan
 上記の「無作法な式部官 吉良上野介」執筆にあたって、ボルヘスが参照した本がこちら。第1章 "THE FORTY-SEVEN RONINS" が参照元と思われます。
The two nobles were accordingly forced to go daily to the castle to listen to the instructions of Kotsuke no Suke. But this Kotsuke no Suke was a man greedy of money; (後略)

<"Tales of Old Japan" 20ページより引用>

『吉良上野介の覚悟』(中津攸子) ※未読
吉良上野介の覚悟

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3. ファンタジー・パロディ・創作的要素の強い物語

『邀撃―異説元禄赤穂事件』(嶋丈太郎)
邀撃―異説元禄赤穂事件
 吉良ファン待望の? 大作。
 元禄十五年十二月十四日、赤穂浪士は満を持して吉良邸へ討ち入った……までの例の   展開が、冒頭2ページでひっくり返ります。
 歴史のifを最大限活用し、あえて誰も書かなかった展開を全力投球でやっちまったトンデモ群像大活劇。それでも赤穂事件や吉良・浅野に関する基本事項はひと通り網羅され、安心してフィクションに浸れます。
 完全吉良びいきの物語だけあり、上野介が性格良し教養良し罪状無しの完璧超人。必然、臣下や上杉家も磐石の一枚岩。対する赤穂勢も、方針は違えど吉良家と同じ「武士の魂」をトップから末端までが持っています。
 漢対漢の熱く清しい大一番。史実はいったん放っぽって、読んで。
 交替で警護を務める侍たちの密かな楽しみは、茶であった。
(中略)
 改まった茶会と別に、内輪の茶会も時折、催される。
 この時は、使用人も居室に隣接する茶室に招じ入れられる。警護の侍も例外ではなく、非番の者が交代で客となる。主君の父親と警護役ではなく、亭主と客という関係になるのである。
 茶だけではない。
 侍たちの多くは知らなかったのだが、この隠居は当代有数の教養人であった。
(中略)
 多くの者が警護の合間にさまざまに学び、今も続いているという。若侍たちにとっては正に至福の時なのであろう。

<『邀撃―異説元禄赤穂事件』60ページより引用>

『歴史ショートショート劇場』(新人物往来社)
歴史ショートショート劇場
 ショートショート集。
●黒鉄ヒロシ「47死」
「この忠臣蔵がヒドい!」ランキングトップ3入り間違いなしの一編。野暮な解説はしませんので、是非読んでください。
「そろそろ来ても良い頃じゃが、今年は遅刻かよ、ふん、合図は太鼓じゃ、それドンドンドンか、大石の阿呆が、そりゃ年々上手くもなるわさ、毎年毎年討ち入って来やがって、まるで年中行事だわ、来る方は良いわ、毎年首を落とされるこっちの身にもなってみろ! ……おう! あの音は!」
 遠くに老人の耳に聞き慣れた、年に一度の山鹿流の陣太鼓。
「最初の頃はもう少し控え目に打っとったが、ここ二、三年前からだんだん調子に乗りおって図々しく目一杯叩きやがる」

<『歴史ショートショート劇場』98ページより引用>

『夢を見にけり―時代小説招待席』(藤水名子)
夢を見にけり―時代小説招待席
 千両箱・お金という珍しいテーマにまつわる時代短編アンソロジー。
●森村 誠一「吉良上野介御用足」
 悪党専門の泥棒・政吉が目をつけたのは、かの吉良上野介の屋敷。だが、よりによって忍び込んだその夜、赤穂浪士たちが討ち入ってきてしまう。政吉が慌てて隠れた床下に、白い寝巻きの老人が一人転がり込んできて……。あの『吉良忠臣蔵』作者による抱腹絶倒、なんか可愛い短編。
「冷たいご近所衆なんでやんしょう。かかわり合いになるのを恐れて、口をつぐんで、知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいるんじゃありやせんか」
「なに者だ、その半兵衛とやらは……」
「へえ、あかんべいの親戚のようなもんで、お殿様のような高貴の方には縁のない連中でございやす」
 実際、吉良邸の隣人たちはなんと薄情な連中であろうと、政吉は腹に据えかねていた。

<『夢を見にけり―時代小説招待席』364ページより引用>

『忠臣蔵傑作コレクション〈異伝篇〉』(縄田一男)
忠臣蔵傑作コレクション〈異伝篇〉
 これも変わり種アンソロジー。基本、吉良上野介はいつもの意地悪爺さんです。
●林不忘「元禄十三年」
 刃傷事件の前年。自らの生徒たる勅使饗応役・岡部美濃守の逆パワハラ(?)に耐えかねた吉良上野介はついに……。なんと映画化もされた短編。
●早乙女貢「上野介の亡霊」
 討入り成功の喜びも束の間、護送される内蔵助は、確かに首を取ったはずの仇・吉良上野介の姿を群衆の中に垣間見た。上野介生存説にのっとった吉良と赤穂の化け比べ延長戦。
●小松左京「逆臣蔵」
 好色をもって名高い高直師は、この頃毎晩妙な夢を見ていた。自分が横恋慕する女の夫・塩冶判官に切りかかられる夢だ。一見現実が反映されたと思われる夢はしかし、登場人物のつじつまがどうも合わず……。SF大家の面目躍如、「仮名手本忠臣蔵」のみならず全ての「忠臣蔵」をさかしまに突き上げる一大パロディ。説明不能なのでとにかく一読をお勧め。
「そこがわからぬ……」と師直は大声をあげた。「吉良どのの末裔が、何を起そうと、わしはわしだ。吉良どのは成和源氏足利流、高氏の遠祖をたずぬれば人皇四十代天武天皇皇子長屋王、藤原の世にくだっては、皇統摂政とも遠戚をもった堂上高階氏だぞ。吉良どの本貫は三河、高氏本貫は上野、これがなぜ、むすびつく……」
「これがまた妙な事でしてねえ……」と肥った男は苦笑した。「事件のあったころの吉良家は“高家筆頭”だった。(中略)これを、執事どのの姓とむすびつけた。しかもその時の義央の官が、たまたま上野介……」

<『忠臣蔵傑作コレクション〈異伝篇〉』142ページより引用>

「戦国鍋TV~なんとなく栄光と伝説への旅立ち~Blu-ray BOX」(TVバラエティ)
戦国鍋TV~なんとなく栄光と伝説への旅立ち~Blu-ray BOX
 番外編。吉良サイドというか、なんか面白かったので登録。
「なんとなく歴史が学べる」をテーマにしたローカルバラエティTVのDVD版です。
 なにしろ基本バラエティなので、信長(を彷彿とさせるキャラ)がバーのママになってたり、赤穂四十七士(と同じ人数のアイドル)が大型アイドルグループ組んでたり、もうやりたい放題。
 吉良上野介(と同じ名前のアイドル)は赤穂四十七士、じゃなかったAKR四十七とフィーチャリングしてます。討ち入られたのにすごい仲よさそう。
 忠臣蔵を頭の片隅に置いといて、冗談やお笑いを楽しめる人向け。
吉良「しかもその上、今度はAKRに誘われましてね。」
MC「でも参加することにしたんや?」
吉良「はい。夜中、寝てる時に大石がいきなり窓から入ってきまして」
MC「窓から?」
(中略)
吉良「『ゲストとして参加しない?』って言われちゃいまして、もう、訳の分からないままサインしちゃいましたよね。」
MC「お前ら(※AKR四十七)、交渉も討ち入りスタイルなんや!」

<「戦国鍋TV~なんとなく栄光と伝説への旅立ち~Blu-ray BOX」より引用>

「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ♯78『忠臣蔵』篇 30s」
 視聴はこちらから
 YouTubeより。これも番外編。サントリーのBOSSのCMです。吉良邸に雇われた宇宙人ジョーンズが討ち入りに遭遇するドタバタ喜劇。

「伊東四朗生誕?!77周年記念『吉良ですが、なにか?』 [DVD]」(ラサール石井) ※未視聴
伊東四朗生誕?!77周年記念『吉良ですが、なにか?』 [DVD]

『身代わり忠臣蔵』(土橋章宏) ※未読
身代わり忠臣蔵

『オール・ユー・ニード・イズ・吉良~死に戻りの赤穂事件~』(左高例) ※未読
https://ncode.syosetu.com/n8102dq/

『オール・ユー・ニード・イズ・吉良~幕間:吉良は100回死んでも諦めない~』(左高例) ※未読
https://ncode.syosetu.com/n2666ee/

『オール・ユー・ニード・イズ・吉良~死に戻りの忠臣蔵~(左高例)』 ※未読
https://www.amazon.co.jp/dp/B074MQD9NS

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2. 周囲の人物を主人公にした物語

『義にあらず―吉良上野介の妻 (幻冬舎時代小説文庫)』(鈴木由紀子)
義にあらず―吉良上野介の妻
 題名通り、吉良上野介の妻・富子から見た吉良家の運命が、生家・上杉家と密接に絡んでつづられます。作者は富子の実家・上杉家を藩主に頂く米沢出身で、そのことも意義深い作品。
 作者は別ですが、別記事の『吉良の言い分』とセットで読むとちょうど裏表一体の時系列でこの夫婦を追えます。
「ありがとう存じます。道有殿がいてくださったおかげで、亡き大殿も浮かばれましょう。時の勢いというのでしょうか、得体の知れない力におし流されていくのがそら恐ろしゅうございます。大殿を討ち取った赤穂の浪人どもも、それにのみこまれたあわれな犠牲者かもしれませぬ。大石内蔵助はべつにしても、討入りに参加した浪士の多くが下級家臣であったというではありませぬか。主君の恩義をそれほど受けたとも思えない者たちが、なぜ死ぬ必要があったのでしょう」

<『義にあらず―吉良上野介の妻 (幻冬舎時代小説文庫)』289ページより引用>

『異色忠臣蔵大傑作集』(池宮彰一郎)
異色忠臣蔵大傑作集 (講談社文庫)
 忠臣蔵関連アンソロジー。
 下でご紹介する富子関連の2作の他、刃傷事件から切腹までの内匠頭の心情を克明に辿る「錯乱」、討入りの処分を巡る綱吉と老中達の軋轢を収めようとする調整役・柳沢吉保の奔走を追う「一座存寄書」など、異色の名に恥じないラインナップ。ただし「左兵衛様ご無念」は、討入り前後の赤穂浪士・吉良家双方の視点からなり、吉良家視点の物語という趣はありません。
●宇江佐真理「富子すきすき」
 世間に「天下の極悪人」とそしられたまま命を落とした上野介が、妻・富子にだけ聞かせ続けた愛の言葉。ラスト一文が実に自由でのどかです。
●諸田玲子「高輪泉岳寺」
 高輪泉岳寺の浅野内匠頭の墓に折々詣で、その時々の心情を密かに投げかける富子。吉良・赤穂双方の運命を狂わせた刃傷事件から討入りの後までの変遷。
 刃傷事件と聞いたとき、富子は真先に、夫が誰かを傷つけたのではないかと勘違いした。あのときのおどろき――地面が音をたててくずれてゆくような絶望感を、おそらく内匠頭の奥方も味わったにちがいない。状況が変わっていれば、富子が内匠頭の奥方の立場に立たされていたかもしれないのだ。

<『異色忠臣蔵大傑作集』468ページより引用>

『梅嶺院富子の場合―吉良の言い分・外伝』(岳真也)
梅嶺院富子の場合―吉良の言い分・外伝
 こちらは正しく、別記事記載の『吉良の言い分』外伝です。下記二編収録。
●「梅嶺院富子の場合」
 吉良上野介の妻・富子視点から見た、裏『吉良の言い分』。
●「義周と新八郎の場合」
 信州諏訪に流された上野介の養子・義周と随行の家臣・山吉新八郎のその後を描いた一編。厳冬の諏訪の風景に、荒涼とした敗者の人生が重なります。
 おのれには、桜よりひと足早く、まだ冬の名残りの冷気がただようなかで、花弁をつける梅花のほうがふさわしい。それも、どこか寂れた里の奥山にひっそりと咲く白梅が似合いだと思っている。
 そこに富子は、あいつぐ悲しみを堪え、世の悪しき言いざまにも耐えて生きつづける自分を見るような気がした。
 梅嶺院。――
 ただの思いつきでつけた名前ではなかった。

<『梅嶺院富子の場合―吉良の言い分・外伝』154ページより引用>

『吉良さま御味方』(風柳祐生子)
吉良さま御味方
 吉良義周つきの家臣・山吉新八郎を主人公に、刃傷事件から討入り、諏訪配流を経て江戸へ戻ってくるまでの人生を追います。
 作者は格闘技の心得のある方らしく、体の動きやオノマトペなど身体感覚を文章化するセンスが抜群。文章の粗さがかえって登場人物の一本気さや剛快なアクションを皮膚感覚で実感させる、珍しいタイプの快作です。

『皆川博子コレクション8あの紫は わらべ唄幻想』(皆川博子)
皆川博子コレクション8あの紫は わらべ唄幻想
 短編集。
●「妖笛」
 討入り事件後、悲嘆のまま諏訪に流された吉良左兵衛(義周)に付き従う忠臣・山吉新八(郎)と、同じく臣下でどうにも軽薄な左右田孫兵衛が主人公。一本の鉄笛を軸に、新八の孫兵衛への苛立ち、そして自分への疑いが浮き彫りになる。
 流浪の新八郎のさざなみのような動揺を徹底して描いた、秀逸なショートショートです。
 左兵衛様は、何一つ、御自分から頼んだり欲しがったりはなさらなかった。(中略)――左兵衛様の意地……と、新八は思う。新八も、主をさしおいて要求がましいことを口にするなど、思いつきもしなかった。それなのに、孫兵衛は、夏になれば、蚊が多くて叶わぬ、蚊帳を賜われと言い、持病の病気の薬がきれたから、調合していただきたいと言い、(中略)新八は癇癪が起きそうになるのをこらえた。
 もっとも、孫兵衛が騒ぎたてるおかげで、左兵衛様にも蚊帳が届けられ、新八は孫兵衛と一つ蚊帳で蚊の襲撃を防ぐことはできたのだった。

<『皆川博子コレクション8あの紫は わらべ唄幻想』18ページより引用>

『吉良家の人々』 (森田草平)
吉良家の人々
聖紀書房,昭和18. 国立国会図書館デジタルコレクション
 山吉新八郎と、吉良家の茶坊主の少年・牧野春斎、その姉であり新八郎に思いを寄せるお延を中心として描かれる人間模様。他の物語と違い、討ち入り後の吉良家の苦難と登場人物の懊悩に大きく比重が置かれているのがポイントです。若者たちのほのぼのとした日常は元禄十五年十二月十四日を境に暗転。春斎は命を落とし、残された二人も吉良家への中傷に苦しみながら、これと思う決断を下します。
 国立国会図書館でデジタル版を全文読むことができます。奥付は昭和十八年、当時から吉良視点に立った人たちは連綿と存在していたことになり、感慨深いです。
「わしや悔しいッ!」(中略)「わ、わたしがかうして髪を切つたのも、新八郎様への心中立てだと思はれてはいやらしい。さうぢやない。私の心はさうぢやない! 何んなお主でもお主はお主、御家來の身としてお主へお盡しなさる心は一つぢや。大事な一生をわれから捨てゝ、これ程までにお盡しなさるお心持ちを酌まいで、吉良様の御家來だといへば、人でなしのやうにいふ世間がわしやにくらしい! その世間への面當てに、わたしは髪を切つたのぢや。わたしが一生尼になつて、新八郎様のために獨身で通したら、いかに物の判らない世間の人達でも、ちつとは思ひ知りませう。」

<『吉良家の人々』197ページより引用>

『真説忠臣蔵 (講談社文庫)』(森村誠一)
真説忠臣蔵 (講談社文庫)
 別記事の『吉良忠臣蔵』作者による、忠臣蔵関連短編集。
 下記の2編ほか、四十七士に入れなかった赤穂浪士、主君を守れず生き延びた元吉良家家臣、浅野内匠頭の刃傷を食い止めてしまった男など、忠臣蔵の栄光の陰に泣いた者たちを全編に渡って描いた作品集です。
●「死面皮」
 将軍・綱吉の着けた「翁」の能面がその顔に貼り付いた。面が剥がれた時、綱吉の顔は討死した吉良家家臣・鳥居理右衛門のものに変貌していた。鳥居の姓が匂わせる将軍とのおどろおどろしい因縁。
●「怯者の武士道」
 上杉家家臣・小林平八郎が家老・色部又四郎から受けた使命は、自らの身命・信念をなげうって上杉家を守る過酷なものだった。名を捨てて「武士道」に準じた平八郎の物語。
 素人目にも優れた面であることがわかった。本来無生命の能面に、生きている表情をあたえるのは、役者の精妙な演技であるが、綱吉の「翁」は、面だけが生きて勝手に演技しているように見えた。
 面だけが生きていて、舞台を勝手に動きまわっている。四肢胴体は、面に引きずられている操り人形にすぎなかった。そしてその面は万昌院の門前に放置されていった鳥居理右衛門とそっくりであった。

<『真説忠臣蔵 (講談社文庫)』36ページより引用>

『亀田大隅―最後の戦国武将』(高橋直樹)
亀田大隅―最後の戦国武将
 時代小説短編集。
●「小林平八郎――百年後の士道」
 刃傷事件後の吉良邸を舞台に、家臣・小林平八郎視点で描かれる短編。世間の赤穂浪士討入りへの期待に取り巻かれて四面楚歌の吉良家面々のやるせなさと焦り、それでも最後まで持ち続けた矜持が、日常のやりとりに乗せて淡々と描かれます。文章も哲学も上品な佳編。
「わしはこう言うてやりたいのじゃ。――もう無益なことはやめにしよう。ご公儀が浅野だけを成敗したことを遺恨として、御前のみ首級を挙げたとて腹いせにしからならぬではないか。(中略)傷つき血を流すのは吉良と浅野だけ。ご公儀も世間も己の身は少しも傷つかぬ所にいて、囃したりお裁きを下したりするだけじゃ。『吉良を討たねば赤穂の一分が立たず』などという世評は時が経てば必ず消える。各々が各々らしく生きる道を探すべきではないのか。及ばずながらわれらに手伝えることがあればなんなりと承る――と」

<『亀田大隅―最後の戦国武将』115ページより引用>

『忠臣蔵傑作コレクション〈列伝篇 下〉』(縄田一男)
忠臣蔵傑作コレクション〈列伝篇 下〉
 忠臣蔵の登場人物ひとりひとりに焦点を当てたアンソロジー。
●長谷川伸「小林平八郎」
 吉良家家老・小林平八郎の掌編。尾羽打ち枯らした若き日の平八郎は、道端で喧嘩になった身なりのいい武士に捨て身の反撃をする。後年、二人を見舞った皮肉な運命とは。平八郎と「武士」どちらもどうしようもなく弱くて卑怯で、憎めない一編。
●尾崎士郎「清水一角」
 吉良家用人・清水一角(一学)の短編。吉良領の青年・藤作は、幼馴染みの少女母娘を守るため、村の鼻つまみ者に反撃し、死なせてしまう。裁きの場に偶然訪れた領主・吉良上野介に見出され、一角の名を賜って江戸へ付き従う。泥臭く実直な一角の根底となる、前半生中心の物語です。
(しかし、俺は、こんな処で命を落すのは厭だなあ)
 どこを的となく、じっと眼を据えている平八郎は、雪の夜寒が犇と迫るのをも忘れていた。
(俺は腕に覚えのある男だ、見る人が見たら相当の身分に取りたてられる人間だ、それがこんな事で落命するのは、どう考えても厭だ)
 そう思うと、キラリ光り物のように考えついた一事で、救われた気がした。それは、ここを抜けて桜田の上杉邸へ行く事だ。そうすれば身も立つ命も無事で、他日出世のもとでになる。

<『忠臣蔵傑作コレクション〈列伝篇 下〉』164ページより引用>

『元禄一刀流―池波正太郎初文庫化作品集 (双葉文庫)』(池波正太郎)
元禄一刀流―池波正太郎初文庫化作品集 (双葉文庫)
 お馴染み時代小説の名手による、時代物の短編集。
●「元禄一刀流」
 吉良家中の清水一学、そして浅野家中の奥田孫太夫と堀部安兵衛。同じ道場で切磋琢磨し、尊敬しあった三人が敵味方に引き裂かれる悲劇を、三人の師・堀内源太左衛門の目で静かにつづります。最後の最後、ほんの少しの救いが優しい小編。
「お察しいたします。つねづね、わが一刀流の真髄を後に伝えてくれるものは、堀部、奥田、清水の三人だと申されておいでになりましたのに……」
「その同門の三人が敵味方に別れ、剣を交えたのだ。おれの剣法は彼等が争う為にあったのではない。彼等を、それぞれ立派な男に――心も体も強くたくましい人間にする為のものであった筈なのだ。それが……それが……」

<『元禄一刀流―池波正太郎初文庫化作品集 (双葉文庫)』228ページより引用>

『時代小説 短編(一) (完本 池波正太郎大成 第24巻)』(池波正太郎)
時代小説 短編(一) (完本 池波正太郎大成 第24巻)
 同じ作者の時代物短編集。清水一学は再びの登場です。
●「清水一学」
 上記「元禄一刀流」からさらに突っ込んだ、清水一学視点の物語です。剣の同門・浅野家奥田孫太夫との微妙な緊張関係、主・上野介との交流、そして吉良家女中・おさわとの恋愛未満。色々な人物と実直に付き合う一学の姿がすっきりまとまった一編です。
●「忠臣蔵余話 おみちの客」
 吉良家家臣・山吉新八(郎)が主人公。比丘尼宿で馴染みになったおみち(なんと源氏名「一学」ちゃん)に、別の馴染み客ができたらしい。そのお客に生きる気力をもらったと言うおみちに新八は嫉妬を覚える。が、彼女の言葉は同時に、新八の最期へも大きく影響を与えた……。同じ作者の「大石内蔵助」と対になる作品。
 人懐つこく自分を慕ってくれた百姓上りの青年武士に――好感を持ってはいたが心の底ではなめてかかっていた自分を初めて発見し、孫太夫は舌打ちしたい思いだった。
(略)
 一学は黄色い帷子の汗が滲んだ背を向けて歩みかけたが、そのまま、振向きもせずに言った。
「追われる者ばかりではない。追う者にも苦しみはあるのですな」
「…………」
「手前はあなたが好きでした。百姓上りの手前を少しも軽く見ることなく、親切に、いろいろとお教え下さいましたな――一学、改めて……」
 一学は振向き、
「改めてお礼申し上げます」

<『時代小説 短編(一) (完本 池波正太郎大成 第24巻)』438ページより引用>

『決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)』(三島由紀夫)
決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)
 かの三島由紀夫の戯曲集。
●「清水一角」
 シノプシス(あらすじ)のみの掲載。主人公の清水一角(一学)、イジワルジジイの上野介に対しても手厳しいようです。ちょっと完成作品見てみたかった。
 その硬骨漢ぶりに、上野介は、一角を斬らせようとしたが、逆に一角にこらしめられた。危険人物ながら、上野介は一角を離せぬ。その憎しみ合ひの中に、一角は、上野介が自分を斬らせようとした企図を知りつゝ、意地から、上野介を護る。

<『決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)』786ページより引用>

『定本・忠臣蔵四十七人集』(長谷川伸)
定本・忠臣蔵四十七人集
 赤穂四十七士+αについて、異なる作家が一編ずつ寄せたアンソロジー。
●島守 俊夫「吉良家の附人たち」
 討入り直前から当夜にいたる、小林平七(平八郎)、清水一学、一学の恋人・弥生の三人による何気ない交流を描いた、ほとんど一瞬の群像劇。この後の吉良邸の運命を知っている読者には切ない短編です。
 うりざね顔の、色の白い、ういういしい十八の娘である。
 去年の春、上野介が殿中で刃傷をうける前から、吉良の屋敷に仕えていた。
 身寄りがない薄幸の娘で、自分では、慈父のような上野介に、生涯仕えよう覚悟していたのだが……上野介が一学の人柄を見こんでそれとなく縁結びの役を買って出たのである。
 一学は平七に、
「お声がかりでな……」
 と、仕方なさそうにいったが、そのお声がかりより先に、以心伝心、いわず語らずに心を通わしていた二人だった。

<『定本・忠臣蔵四十七人集』416ページより引用>

『我、本懐を遂げんとす―忠臣蔵傑作選 (徳間文庫)』(縄田一男)
我、本懐を遂げんとす―忠臣蔵傑作選 (徳間文庫)
 こちらも忠臣蔵関連アンソロジー。
●赤坂 好美「雪の音-吉良義周」
 赤穂浪士の討入り後、当夜の不首尾のかどで信州へ流された吉良義周の物語。討入りの忌まわしい記憶と分かちがたく結びついた「雪の降る音」をBGMに、義周の無念を描きます。
●柴田錬三郎「浅野家 贋首物語」
 エッセイ。時として史実と混同される「忠臣蔵」の疑問点の提示に始まり、「吉良上野介の首は本当に討たれたのか?」という話題へ続きます。忠臣蔵を単純にたたえる旧来の風潮へ一石を投じ、読み手の考察を促す小文。
 先刻から、かすかな音が義周の鼓膜を叩いていた。
 間断なくつづくその冷たく小さな響きは、雨のそれよりもはるかに軽い。
 静寂に支配されたこの場所におらねば、耳にすることもない。
 あの夜、初めてその音に気づいて以来、この信濃の地へ送られてからは、もう何度も耳にしている白い雪の降り積もる音だ。

<『我、本懐を遂げんとす―忠臣蔵傑作選 (徳間文庫)』270ページより引用>

『歴史小説名作館 (7) 忠臣たちの哀歌―江戸2』(村上元三)
歴史小説名作館 (7) 忠臣たちの哀歌―江戸2
 「忠臣」をテーマにしたアンソロジー。
●榊山 潤「生きていた吉良上野」
 上野介生存説を題材に書かれた物語はいくつもありますが、中でも出色の一編。吉良邸御用達の扇子問屋・吉野屋平兵衛から見た、討入り後の吉良家や関係者への風当たり。悪の烙印を押され世間から切り離された者の憤り、悲しみが静かに描かれる佳編です。
 外へ出た。すでに酔がまわっていた。冷えた夜気が快く頬に当たる。が、平兵衛の目にちらつくのは大殿さまの姿ばかりであった。世間からは亡き者にされ、嘲罵の的となって、ひっそり生き長らえている惨めにも痛々しい姿であった。

<『歴史小説名作館 (7) 忠臣たちの哀歌―江戸2』274ページより引用>

『殿さまの日・城のなかの人 (1975年) (星新一の作品集〈16〉)』(星新一)
殿さまの日・城のなかの人 (1975年) (星新一の作品集〈16〉)
 ご存じショートショートの名手による、時代劇中心の短編集。
 吉良家関連は下記1作ですが、他にも忠臣蔵関連の話題を使った話がいくつか収録されています。中でも3作品(タイトルは伏せます)は、忠臣蔵ネタが重要なスパイスになっています。
●「ああ吉良家の忠臣」
 優しくて気さくだった吉良の殿さまが、赤穂の浪人に殺された。なんとか仇を打とうとする吉良領の下級武士・良吉の、一周回ってコントのような空回り悲劇。
「そちの名は、なんと申すのか」
「良吉でございます」
「なるほど。たのもしげな若者だな。どうじゃ、ちょっと逆立ちをしてみせてくれ」
(中略)
 とまどいながら、良吉はそれをやった。義央は手をたたいて笑った。
「みごとじゃ。そうやっておると、そちも殿さまじゃ」
「は……」
 なんのことやら、その時はわからなかった。あとになって考え、良吉と吉良を関連させたしゃれとわかった。よそのことはわからないが、あんなくだけた殿さまは、めったにおいでにならないのではなかろうか。

<『殿さまの日・城のなかの人 (1975年) (星新一の作品集〈16〉)』131ページより引用>

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1. 吉良上野介を主人公にした物語

『吉良上野の立場』(菊池寛)
吉良上野の立場
 あの文豪の手になる短篇。
 題名読んで字のごとく、「刃傷松の廊下」前後から「赤穂浪士討入り」まで、忠臣蔵のハイライト部分をまるごと吉良上野介側から描きます。
 上野介から見た忠臣蔵、入門に最適の短編。
「これで、俺が討たれてみい、俺は末世までも悪人になってしまう。敵討ということをほめ上げるために、世間は後世に俺を強欲非道の人間にしないではおかないのだ。俺は、なるほど内匠頭を少しいじめた。だが、内匠頭は、わしの面目を潰すようなことをしている。わしの差図をきかない上に、慣例の金さえ持って来ないのだ。これはどっちがいいか悪いか。しかし、先方が乱暴で、刃傷といった乱手をやるために、たちまち俺の方が欲深のように世間でとられてしまった。あいつはわしを斬り損じたが、精神的にわしは十分斬られているのだ。それだのに、まだ家来までがわしを斬ろうなどと、主人に斬られそこなったからといって、その家来に敵と狙われる理由がどこにあるか。まるで、理屈も筋も通らない恨み方ではないか。わしに何の罪がある。ひどい! まったくでたらめだ!」

<『吉良上野の立場』より引用>

『吉良の言い分』(岳真也)
吉良の言い分〈上〉真説・忠臣蔵 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)吉良の言い分〈下〉真説・忠臣蔵 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)
 吉良サイドから書かれた小説の白眉。
 吉良上野介の生い立ちから刃傷松の廊下、赤穂浪士討入りまで。彼の仕事や人生が丁寧に分かる「総ざらい」的小説です。
 ここで描かれる上野介は徹頭徹尾、典雅で美しく知的。やや贔屓目のきらいはありますが、おおかたの人の上野介像は大きく変わる筈です。
「ひと殺しっ」
 そこへ小玄関からまた一人、剃髪した茶坊主らしき少年がでてきた。さらに幼く、小がらで、まだ声変わりすらしていない。その甲高い声で、春斎はわめきつづける。
「坊主を殺すと、百代までもたたるぞぅっ」
「…………」
「押しこみっ、強盗っ、ひと殺しっ」
「なにをもうすか。われらはただ……」
「やさしいご隠居、殺めにきた……知ってるぞ。赤穂の浪人、ひとでなしっ」

<『吉良の言い分〈下〉真説・忠臣蔵 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)』292ページより引用>

『イヌの仇討』(井上ひさし)
イヌの仇討 (文春文庫)
 吉良家の炭部屋を舞台に、討入り当夜の上野介を描いた戯曲の台本です。
 登場人物は、炭部屋へ隠れた上野介・家臣・女中とペットの「お犬様」、たまたま盗みに入った泥棒の新助。浪士が屋敷じゅうを跋扈する緊迫した雰囲気ながらセリフは軽快なコメディタッチ。その中で、赤穂事件すべての原因や、その根底の人間のいい加減さが次々に畳み掛けられます。
 それを踏まえてラスト、上野介の動きが圧巻。吉良ファン・忠臣蔵ファンどちらも必読の一冊です。
※同じ作者に『不忠臣蔵』という短編集があります。討ち入りに参加しなかった赤穂浪士たちを取り上げる、どうにも不条理で物悲しい一冊。このまとめには載せませんが、名品です。
新助 世間じゃもっとひどいことを言ってますぜ。吉良狼狽介様。きられるのがこわいの介様。
平左 おのれ……!
新助 あたしゃ「おいそれ者」だから、その世間の噂の尻馬に乗り、その世間の受けを狙って、こちらへ忍び入った。
上野介 おいそれ者とは何のことじゃ。
新助 だれかが「おい」と云った途端、理由も聞かずに「それッ」と駆け出す軽はずみ粗忽之助のことで。ところが、不思議な御縁で、直接にお目にかかってみますと、皆様は狼狽介様でも何でもない。それどころかどちら様も「デンと構えの守沈着介様」ばかり。(後略)

<『イヌの仇討』55ページより引用>

『上野介の忠臣蔵』(清水義範)
上野介の忠臣蔵 (文春文庫)
 こちらは文体がぐっと砕けて、領民から「赤馬の殿様」と親しまれた上野介の晩年中心。
 優秀でありながら、自分の頑固さと老いに振り回され悲劇へ流されてゆく一人のおじいちゃんが、領内出身の忠臣・清水一学の目も交えて丁寧に書かれます。
「そこ……、ほれ」
 意味のない声を発してしまった。
 上野介の胸中に、ヒヤリと冷気が走る。
 頭の中が真っ白だった。
 なんとしたことか、名前が消失してしまっていた。ここ数日、毎日のように顔を合わせているその男の、名が出てこないのだ。

<『上野介の忠臣蔵』138ページより引用>

『その日の吉良上野介 (角川文庫)』(池宮彰一郎)
その日の吉良上野介 (角川文庫)
 忠臣蔵の登場人物にまつわる短編集です。吉良上野介主人公の一編が表題作。
●「その日の吉良上野介」
 討入り前日、屋敷で茶会の準備にいそしみながら、ふと昨年の刃傷事件を回想する上野介。一体全体、なぜ浅野内匠頭は自分に刃を向けたのか? 「松の廊下」の刃傷に至るまでの、双方の些細で不幸な行き違いの連鎖を重厚緻密な文体で解き明かす、推理小説とも言える佳編。吉良、浅野、どちらへの視線もニュートラルで温かい、やるせない一編です。
やがて、上野介は、呟くように言った。
「弥七郎、このこと、人には言うなよ。人の理解を得るには、まだ暫く時がかかる」

<『その日の吉良上野介 (角川文庫)』155ページより引用>

『歴史の顔 (文春文庫 157-4)』(綱淵謙錠)
歴史の顔 (文春文庫 157-4)
 短編・エッセイ集。
●「上野介に罪ありや」
 まさに討入り当夜、吉良上野介「最晩年」の二時間を追う短編。これほどの目に遭わねばならない理由は奈辺にあるのか、上野介の心の動きを周囲のパニックと共にたどります。
「それにしても、このわしという男は、なんと他人に誤解ばかり受ける人間なのだろう」

<『歴史の顔 (文春文庫 (157‐4))』95ページより引用>

『こんな老人たち』(久間野千恵子)
こんな老人たち
 短編集です。
●「吉良上野介のひとりごと」
 後半生から晩年の吉良上野介を、彼のボヤキ節も交えて描く一編。内容や着眼点に目新しさこそないものの、仕事に悩まされ妻にも頭が上がらない上野介がちょっと可哀そうで、ユーモラス。
だから、特別な行事、特に勅使下向というような重要な場合の作法を教えるには、それ相応の謝礼を大名達に要求するのは当然であろう。教えられない者が何もしないのが当然なら、教えて貰う者が礼物を贈るのも亦当然といわねばならぬ。お役目だから、或いは、知っているのだから、教えてくれて当然という考え方は間違っている。教える方は今日の立場になるまで、それだけの努力と出費を重ねて来ているのだ。それをそのまま、何の挨拶もなしに受け取るのは、礼を失するというべきであろう。

<『こんな老人たち』74ページより引用>

『赤馬物語―吉良上野介伝』(松尾和彦)
赤馬物語―吉良上野介伝
 著者のデビュー作となった短編集。
●「赤馬物語」
 領主としての吉良上野介義央を中心に、彼の生涯を描いた作品。デビュー作ということもあり文章はやや拙い印象ですが、浅野内匠頭の父・長友との交流や、(やや安易とはいえ)ラストの演出など、救いのある内容になっています。
●「流人吉良義周」
 上野介の養子・義周の物語。討入りの際の「不手際」のとがで諏訪に流され不遇のまま生涯を終えた彼の心の叫びが全編を通して描かれています。
次の日より伴を大勢引き連れていたのを、一人で見て回るようにした。今まで駿馬に乗っていたのを、親しみの持てる農耕用の駄馬に変えた。しかも連れて歩くだけで決して乗ろうとはしない。その姿で百姓家にふらりと立ち寄っては、茶を飲み雑談をしていく。そんな時には決まって茶菓子を持参していく。突然の領主の訪問に慌てふためくが、一向にお構い無しだ。そのうちに領民達も義央の心情を理解するようになっていった。いつしか彼は、その連れている馬の名を取って『赤馬様』と呼ばれるようになった。

<『赤馬物語―吉良上野介伝』32ページより引用>

『菊池寛全集 第十七巻』(菊池寛)
菊池寛全集 第十七巻
 菊池寛の全集のうち、主に時代物・歴史物を中心とした巻。
●「吉良上野介」
 前述『吉良上野の立場』の超圧縮版(プロトタイプ?)ともいえる掌編ですが、意は充分に尽くされています。吉良上野介悪役説への疑問は、作者にとって気になるテーマだったのかもしれません。
わしは、何んのために殺されねばならぬのか、一向判らない。いまこゝでわしが殺されてしまつたら、わしは末代までも極悪人になつてしまふだらう。わしの云ひ分やわしの立場は、敵討と云ふ大鳴物入りの道徳のためにふみにじられてしまふのだ。さう思へば、どうあつても、わしは殺されてはならないのだ。わしは決して死なないぞ!

<『菊池寛全集 (第17巻)』595ページより引用>

『吉良忠臣蔵 (角川文庫)』(森村誠一)
吉良忠臣蔵 (上) (角川文庫)吉良忠臣蔵 (下) (角川文庫)
 同じ著者の長編『忠臣蔵』と表裏一対を為す長編。一度赤穂側から描いた事件を、こんどは吉良側から見ています。
 吉良上野介は少々うかつで短気で気位が高く、そりゃ反感も買うよな……というキャラクターですが、彼なりの言い分・立場はちゃんと描かれています。
 何よりも大きなメインは、幕閣・柳沢吉保、米沢藩家老・色部又四郎、そして赤穂浪士筆頭・大石内蔵助の三つ巴の頭脳戦。
 刃傷事件を引き金に吉良と赤穂、さらに背後の米沢藩と芸洲広島藩の一挙取り潰しを図る柳沢。その意図をことごとく察し、吉良を犠牲にしてでも米沢・上杉家を護ろうとする色部。その二人の意図を軽々と手玉に取るように、討入り計画を進めてゆく内蔵助。
 そして、この三者に翻弄され、右往左往しながらその日に備える吉良家の面々。
 必然、討入り当夜は、それまで全員が溜めに溜めた策略・エネルギーが全て噴出した格好で、凄惨・白熱をきわめます。
 倒れた者のみならず、生き残った関係者全員に大きな傷を残さざるを得なかった事件の、最後の部分まで描ききった、冷徹な大作です。
「この穴はなにか」
 検使が問うた。
「大殿をご避難させまいらすために拙者どもが穿ちましてございます」
 左右田孫兵衛が正直に答えた。
「それは結構、お手前方が用いられるためではござらなんだか」
 検使は皮肉な口調で揶揄した。なんと言われようと現場に居合わせなかった者にはわかってもらえない。孫兵衛は一子源八郎を失った悲しみに耐えて検使を案内しているのである。彼らに、我が子が膝の上で死んでいくのを見守りながら為す所のなかった父親の悲しみはわからない。

<『吉良忠臣蔵 (下) (角川文庫)』238ページより引用>

『裏表忠臣蔵 (文春文庫)』(小林信彦)
裏表忠臣蔵 (文春文庫)
 上野介視点というわけではありませんが、みんな大好き英雄譚「忠臣蔵」を丸ごと笑いのめすへそ曲がり長編。
 とはいえ決してギャグ本ではなく、ちょっと視点を斜めにずらして元禄事件の全容を追っています。吉良上野介、大石内蔵助、柳沢吉保、色部又四郎、みんなそれぞれ大変ね……と読後しみじみ考えてしまう一編。
 ――(中略)……ただ、無垢とか無邪気というのは、裏返せば、無警戒ということですから……。
 義央は沈黙していた。
 ――はっきり申せば、あなたは才能があり過ぎるのです。才能があり過ぎて、孤独なのではないか、と私はひそかに思っていました。なぜなら、世の中には、才能のない人間が圧倒的に多いからです。当然のことながら、彼らは才能のあり過ぎる人間を嫉妬、憎悪して、自分たちの低さにまで引きずりおろすどころか、土の中に埋めてしまいたいと思っています。

<『裏表忠臣蔵 (文春文庫)』48ページより引用>

『吉良上野介―討たれた男の真実 (PHP文庫)』(麻倉一矢)
吉良上野介―討たれた男の真実 (PHP文庫)
「吉良上野介中心」というよりは、「吉良上野介を悪役にしないままの忠臣蔵」という趣の長編です。
「見苦しいことは、しとうないのだ」
 ふっと、声を落として上野介が言った。
「命は、もはや惜しうはない。それよりも、この歳になって、命を惜しがり、慌てふためくことこそ、恥ずかしい」
 上野介は、そこまで言って、ふと耳をそば立てた。枝に降り積もった雪が、庭で微かな音を立てて落ちていた。
「雪じゃ。雪の音に脅えるも一生。雪に風雅を見るも一生。儂の残りの生涯、風雅で終りたい」

<『吉良上野介―討たれた男の真実 (PHP文庫)』291ページより引用>

『吉良家の終焉』(歳森薫信)
吉良家の終焉

吉良上野介の立場から書かれた小説としては古い部類に入る本作。そのせいもあってか、世間で一般的な「忠臣蔵」のイメージをそのまま踏襲した部分(上野介が内匠頭をののしる、富子が切腹を促すなど)も多くあります。が、その土台として、高家という地位も責任も高い家に生まれた上野介ならではの、政治を最優先して家族や人情を二の次にしてしまいがちな面をある種の悲しみと共に描き、読者を(苦々しさとともに)共感させるものがあります。

 だが人間は、とりかえしのつかないことを言ったりしたりすることがある。いま思うと背筋がぞっとするような失言や失態が永い人生の間にはあるものだ。
 しかしいまさらどうなるものではない。それは一人合点の塊であろうか。人生のうちに一度や二度誰もが経験するものではなかろうか。たとえそれが決定的なものではなくとも……。
 だが、自分には決定的であった。とりかえしのつかないものにつながっている。

<『吉良家の終焉』254-255ページより引用>

『忠臣蔵 元禄十五年の反逆 (新潮文庫)』(井沢元彦)
忠臣蔵 元禄十五年の反逆 (新潮文庫)
 変り種、現代モノの推理小説です。
 劇作家・道家和彦は、忠臣蔵をモチーフにした台本の依頼を受けた。実際の元禄赤穂事件と虚構の「忠臣蔵」の関係性を探っていくうちに、和彦はそもそもの「仮名手本忠臣蔵」に秘められた大きな意図に行き当たる……。
 吉良上野介の復権を果たすのみならず、従来あたりまえと思われてきた「忠臣蔵の虚構」を丸ごと引っぺがす一本。
 推理小説という形式が存分に生かされ、資料が豊富で構成も論理的、なおかつ流れがわかりやすい、なかなか読んでて楽しい「解説書」です。
 サスペンス要素がちょこっとオマケされてるのと、女性陣のセリフ回しが大時代なのはご愛嬌。
「この結果、まず一つ確実に言えることがある。それは、吉良上野介は巷間言われるような悪人ではなかったということだろうね」
「どうして、そう断言できるの?」
 加奈はたずねた。
「高師直が実は吉良ではなく綱吉だからさ。『仮名手本忠臣蔵』において、判官は浅野で大星は大石、まあ実際とはかなり違う面もあるが、これは対応関係にある。しかし、師直は吉良にみせかけてあるだけで、実際は綱吉なんだ。あの師直の悪業というのは実際は綱吉の悪業だ。(略)」

<『忠臣蔵 元禄十五年の反逆 (新潮文庫)』304ページより引用>

『高家表裏譚シリーズ(角川文庫)』(上田秀人)
高家表裏譚1 跡継 (角川文庫)高家表裏譚2 密使 (角川文庫)高家表裏譚3 結盟 (角川文庫)高家表裏譚4 謁見 (角川文庫)高家表裏譚5 京乱 (角川文庫)
「金子三百両、白絹ニ十反……」
 あまりの多さに三郎は目を剝いた。
 三百両は、およそ八百石の旗本、その年収に相当する。吉良家でいえば、二ヵ月半ほど諸色が賄える。白絹もニ十反あれば、十両はこえる。
「金の多寡、音物の量が当家に対する礼儀だとは言わぬ。一万石に足りぬ旗本にとって、官位のために使える金は十両かに十両だ。だが、やはり多く出してくれた者こそ、気を遣ってくれている」
「…………」
 金のことを汚いとして武家は避ける方向にある。とくに高家は、金など見たこともないといった振りをするのが、習慣といえた。
(中略)
「それでしか、判断できぬのよ。我らはな。家禄以上の無理をしてくれたところには、こちらも全力で応じねばならぬ。それが礼儀というものである。そうだろう」

<『高家表裏譚1 跡継 (角川文庫)』55-56ページより引用>
『赤馬の殿様』(浪曲)
吉良上野の立場
 とかく赤穂サイド中心になりがちな古典芸能にも、ちゃんと吉良サイドの物語はあります。
 上野介の領地での名君ぶりを示す代表エピソードがなんとYoutubeで。口琴を用いた馬の声真似もまさしく名人芸。
「赤馬だろうが白馬だろが、馬に変わりはあるものか。馬なればどんな馬でも構わぬぞ」
 上野介は赤馬にひらり跨がり吉良の里、村人たちの暮らしぶり、つつがなきやと見て歩く。
「なまじ立派な馬よりも、泥道、あぜ道歩くのじゃ、田畑耕す赤馬で何の不足があるものよ」
 殿の優しきお言葉に代官斎藤、胸撫で降ろす。

<『赤馬の殿様』より引用>

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