吉良上野介から見た忠臣蔵
吉良上野介関連の文学作品を紹介
1. 吉良上野介を主人公にした物語
- 2022/03/21 (Mon)
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『吉良上野の立場』(菊池寛)

あの文豪の手になる短篇。
題名読んで字のごとく、「刃傷松の廊下」前後から「赤穂浪士討入り」まで、忠臣蔵のハイライト部分をまるごと吉良上野介側から描きます。
上野介から見た忠臣蔵、入門に最適の短編。
『吉良の言い分』(岳真也)


吉良サイドから書かれた小説の白眉。
吉良上野介の生い立ちから刃傷松の廊下、赤穂浪士討入りまで。彼の仕事や人生が丁寧に分かる「総ざらい」的小説です。
ここで描かれる上野介は徹頭徹尾、典雅で美しく知的。やや贔屓目のきらいはありますが、おおかたの人の上野介像は大きく変わる筈です。
『イヌの仇討』(井上ひさし)

吉良家の炭部屋を舞台に、討入り当夜の上野介を描いた戯曲の台本です。
登場人物は、炭部屋へ隠れた上野介・家臣・女中とペットの「お犬様」、たまたま盗みに入った泥棒の新助。浪士が屋敷じゅうを跋扈する緊迫した雰囲気ながらセリフは軽快なコメディタッチ。その中で、赤穂事件すべての原因や、その根底の人間のいい加減さが次々に畳み掛けられます。
それを踏まえてラスト、上野介の動きが圧巻。吉良ファン・忠臣蔵ファンどちらも必読の一冊です。
※同じ作者に『不忠臣蔵』という短編集があります。討ち入りに参加しなかった赤穂浪士たちを取り上げる、どうにも不条理で物悲しい一冊。このまとめには載せませんが、名品です。
『上野介の忠臣蔵』(清水義範)

こちらは文体がぐっと砕けて、領民から「赤馬の殿様」と親しまれた上野介の晩年中心。
優秀でありながら、自分の頑固さと老いに振り回され悲劇へ流されてゆく一人のおじいちゃんが、領内出身の忠臣・清水一学の目も交えて丁寧に書かれます。
『その日の吉良上野介 (角川文庫)』(池宮彰一郎)

忠臣蔵の登場人物にまつわる短編集です。吉良上野介主人公の一編が表題作。
●「その日の吉良上野介」
討入り前日、屋敷で茶会の準備にいそしみながら、ふと昨年の刃傷事件を回想する上野介。一体全体、なぜ浅野内匠頭は自分に刃を向けたのか? 「松の廊下」の刃傷に至るまでの、双方の些細で不幸な行き違いの連鎖を重厚緻密な文体で解き明かす、推理小説とも言える佳編。吉良、浅野、どちらへの視線もニュートラルで温かい、やるせない一編です。
『歴史の顔 (文春文庫 157-4)』(綱淵謙錠)
短編・エッセイ集。
●「上野介に罪ありや」
まさに討入り当夜、吉良上野介「最晩年」の二時間を追う短編。これほどの目に遭わねばならない理由は奈辺にあるのか、上野介の心の動きを周囲のパニックと共にたどります。
『こんな老人たち』(久間野千恵子)

短編集です。
●「吉良上野介のひとりごと」
後半生から晩年の吉良上野介を、彼のボヤキ節も交えて描く一編。内容や着眼点に目新しさこそないものの、仕事に悩まされ妻にも頭が上がらない上野介がちょっと可哀そうで、ユーモラス。
『赤馬物語―吉良上野介伝』(松尾和彦)

著者のデビュー作となった短編集。
●「赤馬物語」
領主としての吉良上野介義央を中心に、彼の生涯を描いた作品。デビュー作ということもあり文章はやや拙い印象ですが、浅野内匠頭の父・長友との交流や、(やや安易とはいえ)ラストの演出など、救いのある内容になっています。
●「流人吉良義周」
上野介の養子・義周の物語。討入りの際の「不手際」のとがで諏訪に流され不遇のまま生涯を終えた彼の心の叫びが全編を通して描かれています。
『菊池寛全集 第十七巻』(菊池寛)

菊池寛の全集のうち、主に時代物・歴史物を中心とした巻。
●「吉良上野介」
前述『吉良上野の立場』の超圧縮版(プロトタイプ?)ともいえる掌編ですが、意は充分に尽くされています。吉良上野介悪役説への疑問は、作者にとって気になるテーマだったのかもしれません。
『吉良忠臣蔵 (角川文庫)』(森村誠一)


同じ著者の長編『忠臣蔵』と表裏一対を為す長編。一度赤穂側から描いた事件を、こんどは吉良側から見ています。
吉良上野介は少々うかつで短気で気位が高く、そりゃ反感も買うよな……というキャラクターですが、彼なりの言い分・立場はちゃんと描かれています。
何よりも大きなメインは、幕閣・柳沢吉保、米沢藩家老・色部又四郎、そして赤穂浪士筆頭・大石内蔵助の三つ巴の頭脳戦。
刃傷事件を引き金に吉良と赤穂、さらに背後の米沢藩と芸洲広島藩の一挙取り潰しを図る柳沢。その意図をことごとく察し、吉良を犠牲にしてでも米沢・上杉家を護ろうとする色部。その二人の意図を軽々と手玉に取るように、討入り計画を進めてゆく内蔵助。
そして、この三者に翻弄され、右往左往しながらその日に備える吉良家の面々。
必然、討入り当夜は、それまで全員が溜めに溜めた策略・エネルギーが全て噴出した格好で、凄惨・白熱をきわめます。
倒れた者のみならず、生き残った関係者全員に大きな傷を残さざるを得なかった事件の、最後の部分まで描ききった、冷徹な大作です。
『裏表忠臣蔵 (文春文庫)』(小林信彦)

上野介視点というわけではありませんが、みんな大好き英雄譚「忠臣蔵」を丸ごと笑いのめすへそ曲がり長編。
とはいえ決してギャグ本ではなく、ちょっと視点を斜めにずらして元禄事件の全容を追っています。吉良上野介、大石内蔵助、柳沢吉保、色部又四郎、みんなそれぞれ大変ね……と読後しみじみ考えてしまう一編。
『吉良上野介―討たれた男の真実 (PHP文庫)』(麻倉一矢)

「吉良上野介中心」というよりは、「吉良上野介を悪役にしないままの忠臣蔵」という趣の長編です。
『吉良家の終焉』(歳森薫信)
『忠臣蔵 元禄十五年の反逆 (新潮文庫)』(井沢元彦)

変り種、現代モノの推理小説です。
劇作家・道家和彦は、忠臣蔵をモチーフにした台本の依頼を受けた。実際の元禄赤穂事件と虚構の「忠臣蔵」の関係性を探っていくうちに、和彦はそもそもの「仮名手本忠臣蔵」に秘められた大きな意図に行き当たる……。
吉良上野介の復権を果たすのみならず、従来あたりまえと思われてきた「忠臣蔵の虚構」を丸ごと引っぺがす一本。
推理小説という形式が存分に生かされ、資料が豊富で構成も論理的、なおかつ流れがわかりやすい、なかなか読んでて楽しい「解説書」です。
サスペンス要素がちょこっとオマケされてるのと、女性陣のセリフ回しが大時代なのはご愛嬌。
『高家表裏譚シリーズ(角川文庫)』(上田秀人)





とかく赤穂サイド中心になりがちな古典芸能にも、ちゃんと吉良サイドの物語はあります。
上野介の領地での名君ぶりを示す代表エピソードがなんとYoutubeで。口琴を用いた馬の声真似もまさしく名人芸。

あの文豪の手になる短篇。
題名読んで字のごとく、「刃傷松の廊下」前後から「赤穂浪士討入り」まで、忠臣蔵のハイライト部分をまるごと吉良上野介側から描きます。
上野介から見た忠臣蔵、入門に最適の短編。
「これで、俺が討たれてみい、俺は末世までも悪人になってしまう。敵討ということをほめ上げるために、世間は後世に俺を強欲非道の人間にしないではおかないのだ。俺は、なるほど内匠頭を少しいじめた。だが、内匠頭は、わしの面目を潰すようなことをしている。わしの差図をきかない上に、慣例の金さえ持って来ないのだ。これはどっちがいいか悪いか。しかし、先方が乱暴で、刃傷といった乱手をやるために、たちまち俺の方が欲深のように世間でとられてしまった。あいつはわしを斬り損じたが、精神的にわしは十分斬られているのだ。それだのに、まだ家来までがわしを斬ろうなどと、主人に斬られそこなったからといって、その家来に敵と狙われる理由がどこにあるか。まるで、理屈も筋も通らない恨み方ではないか。わしに何の罪がある。ひどい! まったくでたらめだ!」
<『吉良上野の立場』より引用>
『吉良の言い分』(岳真也)


吉良サイドから書かれた小説の白眉。
吉良上野介の生い立ちから刃傷松の廊下、赤穂浪士討入りまで。彼の仕事や人生が丁寧に分かる「総ざらい」的小説です。
ここで描かれる上野介は徹頭徹尾、典雅で美しく知的。やや贔屓目のきらいはありますが、おおかたの人の上野介像は大きく変わる筈です。
「ひと殺しっ」
そこへ小玄関からまた一人、剃髪した茶坊主らしき少年がでてきた。さらに幼く、小がらで、まだ声変わりすらしていない。その甲高い声で、春斎はわめきつづける。
「坊主を殺すと、百代までもたたるぞぅっ」
「…………」
「押しこみっ、強盗っ、ひと殺しっ」
「なにをもうすか。われらはただ……」
「やさしいご隠居、殺めにきた……知ってるぞ。赤穂の浪人、ひとでなしっ」
<『吉良の言い分〈下〉真説・忠臣蔵 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)』292ページより引用>
『イヌの仇討』(井上ひさし)

吉良家の炭部屋を舞台に、討入り当夜の上野介を描いた戯曲の台本です。
登場人物は、炭部屋へ隠れた上野介・家臣・女中とペットの「お犬様」、たまたま盗みに入った泥棒の新助。浪士が屋敷じゅうを跋扈する緊迫した雰囲気ながらセリフは軽快なコメディタッチ。その中で、赤穂事件すべての原因や、その根底の人間のいい加減さが次々に畳み掛けられます。
それを踏まえてラスト、上野介の動きが圧巻。吉良ファン・忠臣蔵ファンどちらも必読の一冊です。
※同じ作者に『不忠臣蔵』という短編集があります。討ち入りに参加しなかった赤穂浪士たちを取り上げる、どうにも不条理で物悲しい一冊。このまとめには載せませんが、名品です。
新助 世間じゃもっとひどいことを言ってますぜ。吉良狼狽介様。きられるのがこわいの介様。
平左 おのれ……!
新助 あたしゃ「おいそれ者」だから、その世間の噂の尻馬に乗り、その世間の受けを狙って、こちらへ忍び入った。
上野介 おいそれ者とは何のことじゃ。
新助 だれかが「おい」と云った途端、理由も聞かずに「それッ」と駆け出す軽はずみ粗忽之助のことで。ところが、不思議な御縁で、直接にお目にかかってみますと、皆様は狼狽介様でも何でもない。それどころかどちら様も「デンと構えの守沈着介様」ばかり。(後略)
<『イヌの仇討』55ページより引用>
『上野介の忠臣蔵』(清水義範)

こちらは文体がぐっと砕けて、領民から「赤馬の殿様」と親しまれた上野介の晩年中心。
優秀でありながら、自分の頑固さと老いに振り回され悲劇へ流されてゆく一人のおじいちゃんが、領内出身の忠臣・清水一学の目も交えて丁寧に書かれます。
「そこ……、ほれ」
意味のない声を発してしまった。
上野介の胸中に、ヒヤリと冷気が走る。
頭の中が真っ白だった。
なんとしたことか、名前が消失してしまっていた。ここ数日、毎日のように顔を合わせているその男の、名が出てこないのだ。
<『上野介の忠臣蔵』138ページより引用>
『その日の吉良上野介 (角川文庫)』(池宮彰一郎)

忠臣蔵の登場人物にまつわる短編集です。吉良上野介主人公の一編が表題作。
●「その日の吉良上野介」
討入り前日、屋敷で茶会の準備にいそしみながら、ふと昨年の刃傷事件を回想する上野介。一体全体、なぜ浅野内匠頭は自分に刃を向けたのか? 「松の廊下」の刃傷に至るまでの、双方の些細で不幸な行き違いの連鎖を重厚緻密な文体で解き明かす、推理小説とも言える佳編。吉良、浅野、どちらへの視線もニュートラルで温かい、やるせない一編です。
やがて、上野介は、呟くように言った。
「弥七郎、このこと、人には言うなよ。人の理解を得るには、まだ暫く時がかかる」
<『その日の吉良上野介 (角川文庫)』155ページより引用>
『歴史の顔 (文春文庫 157-4)』(綱淵謙錠)
短編・エッセイ集。
●「上野介に罪ありや」
まさに討入り当夜、吉良上野介「最晩年」の二時間を追う短編。これほどの目に遭わねばならない理由は奈辺にあるのか、上野介の心の動きを周囲のパニックと共にたどります。
「それにしても、このわしという男は、なんと他人に誤解ばかり受ける人間なのだろう」
<『歴史の顔 (文春文庫 (157‐4))』95ページより引用>
『こんな老人たち』(久間野千恵子)

短編集です。
●「吉良上野介のひとりごと」
後半生から晩年の吉良上野介を、彼のボヤキ節も交えて描く一編。内容や着眼点に目新しさこそないものの、仕事に悩まされ妻にも頭が上がらない上野介がちょっと可哀そうで、ユーモラス。
だから、特別な行事、特に勅使下向というような重要な場合の作法を教えるには、それ相応の謝礼を大名達に要求するのは当然であろう。教えられない者が何もしないのが当然なら、教えて貰う者が礼物を贈るのも亦当然といわねばならぬ。お役目だから、或いは、知っているのだから、教えてくれて当然という考え方は間違っている。教える方は今日の立場になるまで、それだけの努力と出費を重ねて来ているのだ。それをそのまま、何の挨拶もなしに受け取るのは、礼を失するというべきであろう。
<『こんな老人たち』74ページより引用>
『赤馬物語―吉良上野介伝』(松尾和彦)

著者のデビュー作となった短編集。
●「赤馬物語」
領主としての吉良上野介義央を中心に、彼の生涯を描いた作品。デビュー作ということもあり文章はやや拙い印象ですが、浅野内匠頭の父・長友との交流や、(やや安易とはいえ)ラストの演出など、救いのある内容になっています。
●「流人吉良義周」
上野介の養子・義周の物語。討入りの際の「不手際」のとがで諏訪に流され不遇のまま生涯を終えた彼の心の叫びが全編を通して描かれています。
次の日より伴を大勢引き連れていたのを、一人で見て回るようにした。今まで駿馬に乗っていたのを、親しみの持てる農耕用の駄馬に変えた。しかも連れて歩くだけで決して乗ろうとはしない。その姿で百姓家にふらりと立ち寄っては、茶を飲み雑談をしていく。そんな時には決まって茶菓子を持参していく。突然の領主の訪問に慌てふためくが、一向にお構い無しだ。そのうちに領民達も義央の心情を理解するようになっていった。いつしか彼は、その連れている馬の名を取って『赤馬様』と呼ばれるようになった。
<『赤馬物語―吉良上野介伝』32ページより引用>
『菊池寛全集 第十七巻』(菊池寛)

菊池寛の全集のうち、主に時代物・歴史物を中心とした巻。
●「吉良上野介」
前述『吉良上野の立場』の超圧縮版(プロトタイプ?)ともいえる掌編ですが、意は充分に尽くされています。吉良上野介悪役説への疑問は、作者にとって気になるテーマだったのかもしれません。
わしは、何んのために殺されねばならぬのか、一向判らない。いまこゝでわしが殺されてしまつたら、わしは末代までも極悪人になつてしまふだらう。わしの云ひ分やわしの立場は、敵討と云ふ大鳴物入りの道徳のためにふみにじられてしまふのだ。さう思へば、どうあつても、わしは殺されてはならないのだ。わしは決して死なないぞ!
<『菊池寛全集 (第17巻)』595ページより引用>
『吉良忠臣蔵 (角川文庫)』(森村誠一)


同じ著者の長編『忠臣蔵』と表裏一対を為す長編。一度赤穂側から描いた事件を、こんどは吉良側から見ています。
吉良上野介は少々うかつで短気で気位が高く、そりゃ反感も買うよな……というキャラクターですが、彼なりの言い分・立場はちゃんと描かれています。
何よりも大きなメインは、幕閣・柳沢吉保、米沢藩家老・色部又四郎、そして赤穂浪士筆頭・大石内蔵助の三つ巴の頭脳戦。
刃傷事件を引き金に吉良と赤穂、さらに背後の米沢藩と芸洲広島藩の一挙取り潰しを図る柳沢。その意図をことごとく察し、吉良を犠牲にしてでも米沢・上杉家を護ろうとする色部。その二人の意図を軽々と手玉に取るように、討入り計画を進めてゆく内蔵助。
そして、この三者に翻弄され、右往左往しながらその日に備える吉良家の面々。
必然、討入り当夜は、それまで全員が溜めに溜めた策略・エネルギーが全て噴出した格好で、凄惨・白熱をきわめます。
倒れた者のみならず、生き残った関係者全員に大きな傷を残さざるを得なかった事件の、最後の部分まで描ききった、冷徹な大作です。
「この穴はなにか」
検使が問うた。
「大殿をご避難させまいらすために拙者どもが穿ちましてございます」
左右田孫兵衛が正直に答えた。
「それは結構、お手前方が用いられるためではござらなんだか」
検使は皮肉な口調で揶揄した。なんと言われようと現場に居合わせなかった者にはわかってもらえない。孫兵衛は一子源八郎を失った悲しみに耐えて検使を案内しているのである。彼らに、我が子が膝の上で死んでいくのを見守りながら為す所のなかった父親の悲しみはわからない。
<『吉良忠臣蔵 (下) (角川文庫)』238ページより引用>
『裏表忠臣蔵 (文春文庫)』(小林信彦)

上野介視点というわけではありませんが、みんな大好き英雄譚「忠臣蔵」を丸ごと笑いのめすへそ曲がり長編。
とはいえ決してギャグ本ではなく、ちょっと視点を斜めにずらして元禄事件の全容を追っています。吉良上野介、大石内蔵助、柳沢吉保、色部又四郎、みんなそれぞれ大変ね……と読後しみじみ考えてしまう一編。
――(中略)……ただ、無垢とか無邪気というのは、裏返せば、無警戒ということですから……。
義央は沈黙していた。
――はっきり申せば、あなたは才能があり過ぎるのです。才能があり過ぎて、孤独なのではないか、と私はひそかに思っていました。なぜなら、世の中には、才能のない人間が圧倒的に多いからです。当然のことながら、彼らは才能のあり過ぎる人間を嫉妬、憎悪して、自分たちの低さにまで引きずりおろすどころか、土の中に埋めてしまいたいと思っています。
<『裏表忠臣蔵 (文春文庫)』48ページより引用>
『吉良上野介―討たれた男の真実 (PHP文庫)』(麻倉一矢)

「吉良上野介中心」というよりは、「吉良上野介を悪役にしないままの忠臣蔵」という趣の長編です。
「見苦しいことは、しとうないのだ」
ふっと、声を落として上野介が言った。
「命は、もはや惜しうはない。それよりも、この歳になって、命を惜しがり、慌てふためくことこそ、恥ずかしい」
上野介は、そこまで言って、ふと耳をそば立てた。枝に降り積もった雪が、庭で微かな音を立てて落ちていた。
「雪じゃ。雪の音に脅えるも一生。雪に風雅を見るも一生。儂の残りの生涯、風雅で終りたい」
<『吉良上野介―討たれた男の真実 (PHP文庫)』291ページより引用>
『吉良家の終焉』(歳森薫信)
吉良上野介の立場から書かれた小説としては古い部類に入る本作。そのせいもあってか、世間で一般的な「忠臣蔵」のイメージをそのまま踏襲した部分(上野介が内匠頭をののしる、富子が切腹を促すなど)も多くあります。が、その土台として、高家という地位も責任も高い家に生まれた上野介ならではの、政治を最優先して家族や人情を二の次にしてしまいがちな面をある種の悲しみと共に描き、読者を(苦々しさとともに)共感させるものがあります。
だが人間は、とりかえしのつかないことを言ったりしたりすることがある。いま思うと背筋がぞっとするような失言や失態が永い人生の間にはあるものだ。
しかしいまさらどうなるものではない。それは一人合点の塊であろうか。人生のうちに一度や二度誰もが経験するものではなかろうか。たとえそれが決定的なものではなくとも……。
だが、自分には決定的であった。とりかえしのつかないものにつながっている。
<『吉良家の終焉』254-255ページより引用>
『忠臣蔵 元禄十五年の反逆 (新潮文庫)』(井沢元彦)

変り種、現代モノの推理小説です。
劇作家・道家和彦は、忠臣蔵をモチーフにした台本の依頼を受けた。実際の元禄赤穂事件と虚構の「忠臣蔵」の関係性を探っていくうちに、和彦はそもそもの「仮名手本忠臣蔵」に秘められた大きな意図に行き当たる……。
吉良上野介の復権を果たすのみならず、従来あたりまえと思われてきた「忠臣蔵の虚構」を丸ごと引っぺがす一本。
推理小説という形式が存分に生かされ、資料が豊富で構成も論理的、なおかつ流れがわかりやすい、なかなか読んでて楽しい「解説書」です。
サスペンス要素がちょこっとオマケされてるのと、女性陣のセリフ回しが大時代なのはご愛嬌。
「この結果、まず一つ確実に言えることがある。それは、吉良上野介は巷間言われるような悪人ではなかったということだろうね」
「どうして、そう断言できるの?」
加奈はたずねた。
「高師直が実は吉良ではなく綱吉だからさ。『仮名手本忠臣蔵』において、判官は浅野で大星は大石、まあ実際とはかなり違う面もあるが、これは対応関係にある。しかし、師直は吉良にみせかけてあるだけで、実際は綱吉なんだ。あの師直の悪業というのは実際は綱吉の悪業だ。(略)」
<『忠臣蔵 元禄十五年の反逆 (新潮文庫)』304ページより引用>
『高家表裏譚シリーズ(角川文庫)』(上田秀人)




「金子三百両、白絹ニ十反……」『赤馬の殿様』(浪曲)
あまりの多さに三郎は目を剝いた。
三百両は、およそ八百石の旗本、その年収に相当する。吉良家でいえば、二ヵ月半ほど諸色が賄える。白絹もニ十反あれば、十両はこえる。
「金の多寡、音物の量が当家に対する礼儀だとは言わぬ。一万石に足りぬ旗本にとって、官位のために使える金は十両かに十両だ。だが、やはり多く出してくれた者こそ、気を遣ってくれている」
「…………」
金のことを汚いとして武家は避ける方向にある。とくに高家は、金など見たこともないといった振りをするのが、習慣といえた。
(中略)
「それでしか、判断できぬのよ。我らはな。家禄以上の無理をしてくれたところには、こちらも全力で応じねばならぬ。それが礼儀というものである。そうだろう」
<『高家表裏譚1 跡継 (角川文庫)』55-56ページより引用>

とかく赤穂サイド中心になりがちな古典芸能にも、ちゃんと吉良サイドの物語はあります。
上野介の領地での名君ぶりを示す代表エピソードがなんとYoutubeで。口琴を用いた馬の声真似もまさしく名人芸。
「赤馬だろうが白馬だろが、馬に変わりはあるものか。馬なればどんな馬でも構わぬぞ」
上野介は赤馬にひらり跨がり吉良の里、村人たちの暮らしぶり、つつがなきやと見て歩く。
「なまじ立派な馬よりも、泥道、あぜ道歩くのじゃ、田畑耕す赤馬で何の不足があるものよ」
殿の優しきお言葉に代官斎藤、胸撫で降ろす。
<『赤馬の殿様』より引用>
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