吉良上野介から見た忠臣蔵
吉良上野介関連の文学作品を紹介
2. 周囲の人物を主人公にした物語
- 2022/03/21 (Mon)
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『義にあらず―吉良上野介の妻 (幻冬舎時代小説文庫)』(鈴木由紀子)

題名通り、吉良上野介の妻・富子から見た吉良家の運命が、生家・上杉家と密接に絡んでつづられます。作者は富子の実家・上杉家を藩主に頂く米沢出身で、そのことも意義深い作品。
作者は別ですが、別記事の『吉良の言い分』とセットで読むとちょうど裏表一体の時系列でこの夫婦を追えます。
『異色忠臣蔵大傑作集』(池宮彰一郎)

忠臣蔵関連アンソロジー。
下でご紹介する富子関連の2作の他、刃傷事件から切腹までの内匠頭の心情を克明に辿る「錯乱」、討入りの処分を巡る綱吉と老中達の軋轢を収めようとする調整役・柳沢吉保の奔走を追う「一座存寄書」など、異色の名に恥じないラインナップ。ただし「左兵衛様ご無念」は、討入り前後の赤穂浪士・吉良家双方の視点からなり、吉良家視点の物語という趣はありません。
●宇江佐真理「富子すきすき」
世間に「天下の極悪人」とそしられたまま命を落とした上野介が、妻・富子にだけ聞かせ続けた愛の言葉。ラスト一文が実に自由でのどかです。
●諸田玲子「高輪泉岳寺」
高輪泉岳寺の浅野内匠頭の墓に折々詣で、その時々の心情を密かに投げかける富子。吉良・赤穂双方の運命を狂わせた刃傷事件から討入りの後までの変遷。
『梅嶺院富子の場合―吉良の言い分・外伝』(岳真也)

こちらは正しく、別記事記載の『吉良の言い分』外伝です。下記二編収録。
●「梅嶺院富子の場合」
吉良上野介の妻・富子視点から見た、裏『吉良の言い分』。
●「義周と新八郎の場合」
信州諏訪に流された上野介の養子・義周と随行の家臣・山吉新八郎のその後を描いた一編。厳冬の諏訪の風景に、荒涼とした敗者の人生が重なります。
『吉良さま御味方』(風柳祐生子)

吉良義周つきの家臣・山吉新八郎を主人公に、刃傷事件から討入り、諏訪配流を経て江戸へ戻ってくるまでの人生を追います。
作者は格闘技の心得のある方らしく、体の動きやオノマトペなど身体感覚を文章化するセンスが抜群。文章の粗さがかえって登場人物の一本気さや剛快なアクションを皮膚感覚で実感させる、珍しいタイプの快作です。
『皆川博子コレクション8あの紫は わらべ唄幻想』(皆川博子)

短編集。
●「妖笛」
討入り事件後、悲嘆のまま諏訪に流された吉良左兵衛(義周)に付き従う忠臣・山吉新八(郎)と、同じく臣下でどうにも軽薄な左右田孫兵衛が主人公。一本の鉄笛を軸に、新八の孫兵衛への苛立ち、そして自分への疑いが浮き彫りになる。
流浪の新八郎のさざなみのような動揺を徹底して描いた、秀逸なショートショートです。
『吉良家の人々』 (森田草平)

聖紀書房,昭和18. 国立国会図書館デジタルコレクション
山吉新八郎と、吉良家の茶坊主の少年・牧野春斎、その姉であり新八郎に思いを寄せるお延を中心として描かれる人間模様。他の物語と違い、討ち入り後の吉良家の苦難と登場人物の懊悩に大きく比重が置かれているのがポイントです。若者たちのほのぼのとした日常は元禄十五年十二月十四日を境に暗転。春斎は命を落とし、残された二人も吉良家への中傷に苦しみながら、これと思う決断を下します。
国立国会図書館でデジタル版を全文読むことができます。奥付は昭和十八年、当時から吉良視点に立った人たちは連綿と存在していたことになり、感慨深いです。
『真説忠臣蔵 (講談社文庫)』(森村誠一)

別記事の『吉良忠臣蔵』作者による、忠臣蔵関連短編集。
下記の2編ほか、四十七士に入れなかった赤穂浪士、主君を守れず生き延びた元吉良家家臣、浅野内匠頭の刃傷を食い止めてしまった男など、忠臣蔵の栄光の陰に泣いた者たちを全編に渡って描いた作品集です。
●「死面皮」
将軍・綱吉の着けた「翁」の能面がその顔に貼り付いた。面が剥がれた時、綱吉の顔は討死した吉良家家臣・鳥居理右衛門のものに変貌していた。鳥居の姓が匂わせる将軍とのおどろおどろしい因縁。
●「怯者の武士道」
上杉家家臣・小林平八郎が家老・色部又四郎から受けた使命は、自らの身命・信念をなげうって上杉家を守る過酷なものだった。名を捨てて「武士道」に準じた平八郎の物語。
『亀田大隅―最後の戦国武将』(高橋直樹)

時代小説短編集。
●「小林平八郎――百年後の士道」
刃傷事件後の吉良邸を舞台に、家臣・小林平八郎視点で描かれる短編。世間の赤穂浪士討入りへの期待に取り巻かれて四面楚歌の吉良家面々のやるせなさと焦り、それでも最後まで持ち続けた矜持が、日常のやりとりに乗せて淡々と描かれます。文章も哲学も上品な佳編。
『忠臣蔵傑作コレクション〈列伝篇 下〉』(縄田一男)

忠臣蔵の登場人物ひとりひとりに焦点を当てたアンソロジー。
●長谷川伸「小林平八郎」
吉良家家老・小林平八郎の掌編。尾羽打ち枯らした若き日の平八郎は、道端で喧嘩になった身なりのいい武士に捨て身の反撃をする。後年、二人を見舞った皮肉な運命とは。平八郎と「武士」どちらもどうしようもなく弱くて卑怯で、憎めない一編。
●尾崎士郎「清水一角」
吉良家用人・清水一角(一学)の短編。吉良領の青年・藤作は、幼馴染みの少女母娘を守るため、村の鼻つまみ者に反撃し、死なせてしまう。裁きの場に偶然訪れた領主・吉良上野介に見出され、一角の名を賜って江戸へ付き従う。泥臭く実直な一角の根底となる、前半生中心の物語です。
『元禄一刀流―池波正太郎初文庫化作品集 (双葉文庫)』(池波正太郎)

お馴染み時代小説の名手による、時代物の短編集。
●「元禄一刀流」
吉良家中の清水一学、そして浅野家中の奥田孫太夫と堀部安兵衛。同じ道場で切磋琢磨し、尊敬しあった三人が敵味方に引き裂かれる悲劇を、三人の師・堀内源太左衛門の目で静かにつづります。最後の最後、ほんの少しの救いが優しい小編。
『時代小説 短編(一) (完本 池波正太郎大成 第24巻)』(池波正太郎)

同じ作者の時代物短編集。清水一学は再びの登場です。
●「清水一学」
上記「元禄一刀流」からさらに突っ込んだ、清水一学視点の物語です。剣の同門・浅野家奥田孫太夫との微妙な緊張関係、主・上野介との交流、そして吉良家女中・おさわとの恋愛未満。色々な人物と実直に付き合う一学の姿がすっきりまとまった一編です。
●「忠臣蔵余話 おみちの客」
吉良家家臣・山吉新八(郎)が主人公。比丘尼宿で馴染みになったおみち(なんと源氏名「一学」ちゃん)に、別の馴染み客ができたらしい。そのお客に生きる気力をもらったと言うおみちに新八は嫉妬を覚える。が、彼女の言葉は同時に、新八の最期へも大きく影響を与えた……。同じ作者の「大石内蔵助」と対になる作品。
『決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)』(三島由紀夫)

かの三島由紀夫の戯曲集。
●「清水一角」
シノプシス(あらすじ)のみの掲載。主人公の清水一角(一学)、イジワルジジイの上野介に対しても手厳しいようです。ちょっと完成作品見てみたかった。
『定本・忠臣蔵四十七人集』(長谷川伸)

赤穂四十七士+αについて、異なる作家が一編ずつ寄せたアンソロジー。
●島守 俊夫「吉良家の附人たち」
討入り直前から当夜にいたる、小林平七(平八郎)、清水一学、一学の恋人・弥生の三人による何気ない交流を描いた、ほとんど一瞬の群像劇。この後の吉良邸の運命を知っている読者には切ない短編です。
『我、本懐を遂げんとす―忠臣蔵傑作選 (徳間文庫)』(縄田一男)

こちらも忠臣蔵関連アンソロジー。
●赤坂 好美「雪の音-吉良義周」
赤穂浪士の討入り後、当夜の不首尾のかどで信州へ流された吉良義周の物語。討入りの忌まわしい記憶と分かちがたく結びついた「雪の降る音」をBGMに、義周の無念を描きます。
●柴田錬三郎「浅野家 贋首物語」
エッセイ。時として史実と混同される「忠臣蔵」の疑問点の提示に始まり、「吉良上野介の首は本当に討たれたのか?」という話題へ続きます。忠臣蔵を単純にたたえる旧来の風潮へ一石を投じ、読み手の考察を促す小文。
『歴史小説名作館 (7) 忠臣たちの哀歌―江戸2』(村上元三)

「忠臣」をテーマにしたアンソロジー。
●榊山 潤「生きていた吉良上野」
上野介生存説を題材に書かれた物語はいくつもありますが、中でも出色の一編。吉良邸御用達の扇子問屋・吉野屋平兵衛から見た、討入り後の吉良家や関係者への風当たり。悪の烙印を押され世間から切り離された者の憤り、悲しみが静かに描かれる佳編です。
『殿さまの日・城のなかの人 (1975年) (星新一の作品集〈16〉)』(星新一)

ご存じショートショートの名手による、時代劇中心の短編集。
吉良家関連は下記1作ですが、他にも忠臣蔵関連の話題を使った話がいくつか収録されています。中でも3作品(タイトルは伏せます)は、忠臣蔵ネタが重要なスパイスになっています。
●「ああ吉良家の忠臣」
優しくて気さくだった吉良の殿さまが、赤穂の浪人に殺された。なんとか仇を打とうとする吉良領の下級武士・良吉の、一周回ってコントのような空回り悲劇。

題名通り、吉良上野介の妻・富子から見た吉良家の運命が、生家・上杉家と密接に絡んでつづられます。作者は富子の実家・上杉家を藩主に頂く米沢出身で、そのことも意義深い作品。
作者は別ですが、別記事の『吉良の言い分』とセットで読むとちょうど裏表一体の時系列でこの夫婦を追えます。
「ありがとう存じます。道有殿がいてくださったおかげで、亡き大殿も浮かばれましょう。時の勢いというのでしょうか、得体の知れない力におし流されていくのがそら恐ろしゅうございます。大殿を討ち取った赤穂の浪人どもも、それにのみこまれたあわれな犠牲者かもしれませぬ。大石内蔵助はべつにしても、討入りに参加した浪士の多くが下級家臣であったというではありませぬか。主君の恩義をそれほど受けたとも思えない者たちが、なぜ死ぬ必要があったのでしょう」
<『義にあらず―吉良上野介の妻 (幻冬舎時代小説文庫)』289ページより引用>
『異色忠臣蔵大傑作集』(池宮彰一郎)

忠臣蔵関連アンソロジー。
下でご紹介する富子関連の2作の他、刃傷事件から切腹までの内匠頭の心情を克明に辿る「錯乱」、討入りの処分を巡る綱吉と老中達の軋轢を収めようとする調整役・柳沢吉保の奔走を追う「一座存寄書」など、異色の名に恥じないラインナップ。ただし「左兵衛様ご無念」は、討入り前後の赤穂浪士・吉良家双方の視点からなり、吉良家視点の物語という趣はありません。
●宇江佐真理「富子すきすき」
世間に「天下の極悪人」とそしられたまま命を落とした上野介が、妻・富子にだけ聞かせ続けた愛の言葉。ラスト一文が実に自由でのどかです。
●諸田玲子「高輪泉岳寺」
高輪泉岳寺の浅野内匠頭の墓に折々詣で、その時々の心情を密かに投げかける富子。吉良・赤穂双方の運命を狂わせた刃傷事件から討入りの後までの変遷。
刃傷事件と聞いたとき、富子は真先に、夫が誰かを傷つけたのではないかと勘違いした。あのときのおどろき――地面が音をたててくずれてゆくような絶望感を、おそらく内匠頭の奥方も味わったにちがいない。状況が変わっていれば、富子が内匠頭の奥方の立場に立たされていたかもしれないのだ。
<『異色忠臣蔵大傑作集』468ページより引用>
『梅嶺院富子の場合―吉良の言い分・外伝』(岳真也)

こちらは正しく、別記事記載の『吉良の言い分』外伝です。下記二編収録。
●「梅嶺院富子の場合」
吉良上野介の妻・富子視点から見た、裏『吉良の言い分』。
●「義周と新八郎の場合」
信州諏訪に流された上野介の養子・義周と随行の家臣・山吉新八郎のその後を描いた一編。厳冬の諏訪の風景に、荒涼とした敗者の人生が重なります。
おのれには、桜よりひと足早く、まだ冬の名残りの冷気がただようなかで、花弁をつける梅花のほうがふさわしい。それも、どこか寂れた里の奥山にひっそりと咲く白梅が似合いだと思っている。
そこに富子は、あいつぐ悲しみを堪え、世の悪しき言いざまにも耐えて生きつづける自分を見るような気がした。
梅嶺院。――
ただの思いつきでつけた名前ではなかった。
<『梅嶺院富子の場合―吉良の言い分・外伝』154ページより引用>
『吉良さま御味方』(風柳祐生子)

吉良義周つきの家臣・山吉新八郎を主人公に、刃傷事件から討入り、諏訪配流を経て江戸へ戻ってくるまでの人生を追います。
作者は格闘技の心得のある方らしく、体の動きやオノマトペなど身体感覚を文章化するセンスが抜群。文章の粗さがかえって登場人物の一本気さや剛快なアクションを皮膚感覚で実感させる、珍しいタイプの快作です。
『皆川博子コレクション8あの紫は わらべ唄幻想』(皆川博子)

短編集。
●「妖笛」
討入り事件後、悲嘆のまま諏訪に流された吉良左兵衛(義周)に付き従う忠臣・山吉新八(郎)と、同じく臣下でどうにも軽薄な左右田孫兵衛が主人公。一本の鉄笛を軸に、新八の孫兵衛への苛立ち、そして自分への疑いが浮き彫りになる。
流浪の新八郎のさざなみのような動揺を徹底して描いた、秀逸なショートショートです。
左兵衛様は、何一つ、御自分から頼んだり欲しがったりはなさらなかった。(中略)――左兵衛様の意地……と、新八は思う。新八も、主をさしおいて要求がましいことを口にするなど、思いつきもしなかった。それなのに、孫兵衛は、夏になれば、蚊が多くて叶わぬ、蚊帳を賜われと言い、持病の病気の薬がきれたから、調合していただきたいと言い、(中略)新八は癇癪が起きそうになるのをこらえた。
もっとも、孫兵衛が騒ぎたてるおかげで、左兵衛様にも蚊帳が届けられ、新八は孫兵衛と一つ蚊帳で蚊の襲撃を防ぐことはできたのだった。
<『皆川博子コレクション8あの紫は わらべ唄幻想』18ページより引用>
『吉良家の人々』 (森田草平)

聖紀書房,昭和18. 国立国会図書館デジタルコレクション
山吉新八郎と、吉良家の茶坊主の少年・牧野春斎、その姉であり新八郎に思いを寄せるお延を中心として描かれる人間模様。他の物語と違い、討ち入り後の吉良家の苦難と登場人物の懊悩に大きく比重が置かれているのがポイントです。若者たちのほのぼのとした日常は元禄十五年十二月十四日を境に暗転。春斎は命を落とし、残された二人も吉良家への中傷に苦しみながら、これと思う決断を下します。
国立国会図書館でデジタル版を全文読むことができます。奥付は昭和十八年、当時から吉良視点に立った人たちは連綿と存在していたことになり、感慨深いです。
「わしや悔しいッ!」(中略)「わ、わたしがかうして髪を切つたのも、新八郎様への心中立てだと思はれてはいやらしい。さうぢやない。私の心はさうぢやない! 何んなお主でもお主はお主、御家來の身としてお主へお盡しなさる心は一つぢや。大事な一生をわれから捨てゝ、これ程までにお盡しなさるお心持ちを酌まいで、吉良様の御家來だといへば、人でなしのやうにいふ世間がわしやにくらしい! その世間への面當てに、わたしは髪を切つたのぢや。わたしが一生尼になつて、新八郎様のために獨身で通したら、いかに物の判らない世間の人達でも、ちつとは思ひ知りませう。」
<『吉良家の人々』197ページより引用>
『真説忠臣蔵 (講談社文庫)』(森村誠一)

別記事の『吉良忠臣蔵』作者による、忠臣蔵関連短編集。
下記の2編ほか、四十七士に入れなかった赤穂浪士、主君を守れず生き延びた元吉良家家臣、浅野内匠頭の刃傷を食い止めてしまった男など、忠臣蔵の栄光の陰に泣いた者たちを全編に渡って描いた作品集です。
●「死面皮」
将軍・綱吉の着けた「翁」の能面がその顔に貼り付いた。面が剥がれた時、綱吉の顔は討死した吉良家家臣・鳥居理右衛門のものに変貌していた。鳥居の姓が匂わせる将軍とのおどろおどろしい因縁。
●「怯者の武士道」
上杉家家臣・小林平八郎が家老・色部又四郎から受けた使命は、自らの身命・信念をなげうって上杉家を守る過酷なものだった。名を捨てて「武士道」に準じた平八郎の物語。
素人目にも優れた面であることがわかった。本来無生命の能面に、生きている表情をあたえるのは、役者の精妙な演技であるが、綱吉の「翁」は、面だけが生きて勝手に演技しているように見えた。
面だけが生きていて、舞台を勝手に動きまわっている。四肢胴体は、面に引きずられている操り人形にすぎなかった。そしてその面は万昌院の門前に放置されていった鳥居理右衛門とそっくりであった。
<『真説忠臣蔵 (講談社文庫)』36ページより引用>
『亀田大隅―最後の戦国武将』(高橋直樹)

時代小説短編集。
●「小林平八郎――百年後の士道」
刃傷事件後の吉良邸を舞台に、家臣・小林平八郎視点で描かれる短編。世間の赤穂浪士討入りへの期待に取り巻かれて四面楚歌の吉良家面々のやるせなさと焦り、それでも最後まで持ち続けた矜持が、日常のやりとりに乗せて淡々と描かれます。文章も哲学も上品な佳編。
「わしはこう言うてやりたいのじゃ。――もう無益なことはやめにしよう。ご公儀が浅野だけを成敗したことを遺恨として、御前のみ首級を挙げたとて腹いせにしからならぬではないか。(中略)傷つき血を流すのは吉良と浅野だけ。ご公儀も世間も己の身は少しも傷つかぬ所にいて、囃したりお裁きを下したりするだけじゃ。『吉良を討たねば赤穂の一分が立たず』などという世評は時が経てば必ず消える。各々が各々らしく生きる道を探すべきではないのか。及ばずながらわれらに手伝えることがあればなんなりと承る――と」
<『亀田大隅―最後の戦国武将』115ページより引用>
『忠臣蔵傑作コレクション〈列伝篇 下〉』(縄田一男)

忠臣蔵の登場人物ひとりひとりに焦点を当てたアンソロジー。
●長谷川伸「小林平八郎」
吉良家家老・小林平八郎の掌編。尾羽打ち枯らした若き日の平八郎は、道端で喧嘩になった身なりのいい武士に捨て身の反撃をする。後年、二人を見舞った皮肉な運命とは。平八郎と「武士」どちらもどうしようもなく弱くて卑怯で、憎めない一編。
●尾崎士郎「清水一角」
吉良家用人・清水一角(一学)の短編。吉良領の青年・藤作は、幼馴染みの少女母娘を守るため、村の鼻つまみ者に反撃し、死なせてしまう。裁きの場に偶然訪れた領主・吉良上野介に見出され、一角の名を賜って江戸へ付き従う。泥臭く実直な一角の根底となる、前半生中心の物語です。
(しかし、俺は、こんな処で命を落すのは厭だなあ)
どこを的となく、じっと眼を据えている平八郎は、雪の夜寒が犇と迫るのをも忘れていた。
(俺は腕に覚えのある男だ、見る人が見たら相当の身分に取りたてられる人間だ、それがこんな事で落命するのは、どう考えても厭だ)
そう思うと、キラリ光り物のように考えついた一事で、救われた気がした。それは、ここを抜けて桜田の上杉邸へ行く事だ。そうすれば身も立つ命も無事で、他日出世のもとでになる。
<『忠臣蔵傑作コレクション〈列伝篇 下〉』164ページより引用>
『元禄一刀流―池波正太郎初文庫化作品集 (双葉文庫)』(池波正太郎)

お馴染み時代小説の名手による、時代物の短編集。
●「元禄一刀流」
吉良家中の清水一学、そして浅野家中の奥田孫太夫と堀部安兵衛。同じ道場で切磋琢磨し、尊敬しあった三人が敵味方に引き裂かれる悲劇を、三人の師・堀内源太左衛門の目で静かにつづります。最後の最後、ほんの少しの救いが優しい小編。
「お察しいたします。つねづね、わが一刀流の真髄を後に伝えてくれるものは、堀部、奥田、清水の三人だと申されておいでになりましたのに……」
「その同門の三人が敵味方に別れ、剣を交えたのだ。おれの剣法は彼等が争う為にあったのではない。彼等を、それぞれ立派な男に――心も体も強くたくましい人間にする為のものであった筈なのだ。それが……それが……」
<『元禄一刀流―池波正太郎初文庫化作品集 (双葉文庫)』228ページより引用>
『時代小説 短編(一) (完本 池波正太郎大成 第24巻)』(池波正太郎)

同じ作者の時代物短編集。清水一学は再びの登場です。
●「清水一学」
上記「元禄一刀流」からさらに突っ込んだ、清水一学視点の物語です。剣の同門・浅野家奥田孫太夫との微妙な緊張関係、主・上野介との交流、そして吉良家女中・おさわとの恋愛未満。色々な人物と実直に付き合う一学の姿がすっきりまとまった一編です。
●「忠臣蔵余話 おみちの客」
吉良家家臣・山吉新八(郎)が主人公。比丘尼宿で馴染みになったおみち(なんと源氏名「一学」ちゃん)に、別の馴染み客ができたらしい。そのお客に生きる気力をもらったと言うおみちに新八は嫉妬を覚える。が、彼女の言葉は同時に、新八の最期へも大きく影響を与えた……。同じ作者の「大石内蔵助」と対になる作品。
人懐つこく自分を慕ってくれた百姓上りの青年武士に――好感を持ってはいたが心の底ではなめてかかっていた自分を初めて発見し、孫太夫は舌打ちしたい思いだった。
(略)
一学は黄色い帷子の汗が滲んだ背を向けて歩みかけたが、そのまま、振向きもせずに言った。
「追われる者ばかりではない。追う者にも苦しみはあるのですな」
「…………」
「手前はあなたが好きでした。百姓上りの手前を少しも軽く見ることなく、親切に、いろいろとお教え下さいましたな――一学、改めて……」
一学は振向き、
「改めてお礼申し上げます」
<『時代小説 短編(一) (完本 池波正太郎大成 第24巻)』438ページより引用>
『決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)』(三島由紀夫)

かの三島由紀夫の戯曲集。
●「清水一角」
シノプシス(あらすじ)のみの掲載。主人公の清水一角(一学)、イジワルジジイの上野介に対しても手厳しいようです。ちょっと完成作品見てみたかった。
その硬骨漢ぶりに、上野介は、一角を斬らせようとしたが、逆に一角にこらしめられた。危険人物ながら、上野介は一角を離せぬ。その憎しみ合ひの中に、一角は、上野介が自分を斬らせようとした企図を知りつゝ、意地から、上野介を護る。
<『決定版 三島由紀夫全集〈25〉戯曲(5)』786ページより引用>
『定本・忠臣蔵四十七人集』(長谷川伸)

赤穂四十七士+αについて、異なる作家が一編ずつ寄せたアンソロジー。
●島守 俊夫「吉良家の附人たち」
討入り直前から当夜にいたる、小林平七(平八郎)、清水一学、一学の恋人・弥生の三人による何気ない交流を描いた、ほとんど一瞬の群像劇。この後の吉良邸の運命を知っている読者には切ない短編です。
うりざね顔の、色の白い、ういういしい十八の娘である。
去年の春、上野介が殿中で刃傷をうける前から、吉良の屋敷に仕えていた。
身寄りがない薄幸の娘で、自分では、慈父のような上野介に、生涯仕えよう覚悟していたのだが……上野介が一学の人柄を見こんでそれとなく縁結びの役を買って出たのである。
一学は平七に、
「お声がかりでな……」
と、仕方なさそうにいったが、そのお声がかりより先に、以心伝心、いわず語らずに心を通わしていた二人だった。
<『定本・忠臣蔵四十七人集』416ページより引用>
『我、本懐を遂げんとす―忠臣蔵傑作選 (徳間文庫)』(縄田一男)

こちらも忠臣蔵関連アンソロジー。
●赤坂 好美「雪の音-吉良義周」
赤穂浪士の討入り後、当夜の不首尾のかどで信州へ流された吉良義周の物語。討入りの忌まわしい記憶と分かちがたく結びついた「雪の降る音」をBGMに、義周の無念を描きます。
●柴田錬三郎「浅野家 贋首物語」
エッセイ。時として史実と混同される「忠臣蔵」の疑問点の提示に始まり、「吉良上野介の首は本当に討たれたのか?」という話題へ続きます。忠臣蔵を単純にたたえる旧来の風潮へ一石を投じ、読み手の考察を促す小文。
先刻から、かすかな音が義周の鼓膜を叩いていた。
間断なくつづくその冷たく小さな響きは、雨のそれよりもはるかに軽い。
静寂に支配されたこの場所におらねば、耳にすることもない。
あの夜、初めてその音に気づいて以来、この信濃の地へ送られてからは、もう何度も耳にしている白い雪の降り積もる音だ。
<『我、本懐を遂げんとす―忠臣蔵傑作選 (徳間文庫)』270ページより引用>
『歴史小説名作館 (7) 忠臣たちの哀歌―江戸2』(村上元三)

「忠臣」をテーマにしたアンソロジー。
●榊山 潤「生きていた吉良上野」
上野介生存説を題材に書かれた物語はいくつもありますが、中でも出色の一編。吉良邸御用達の扇子問屋・吉野屋平兵衛から見た、討入り後の吉良家や関係者への風当たり。悪の烙印を押され世間から切り離された者の憤り、悲しみが静かに描かれる佳編です。
外へ出た。すでに酔がまわっていた。冷えた夜気が快く頬に当たる。が、平兵衛の目にちらつくのは大殿さまの姿ばかりであった。世間からは亡き者にされ、嘲罵の的となって、ひっそり生き長らえている惨めにも痛々しい姿であった。
<『歴史小説名作館 (7) 忠臣たちの哀歌―江戸2』274ページより引用>
『殿さまの日・城のなかの人 (1975年) (星新一の作品集〈16〉)』(星新一)

ご存じショートショートの名手による、時代劇中心の短編集。
吉良家関連は下記1作ですが、他にも忠臣蔵関連の話題を使った話がいくつか収録されています。中でも3作品(タイトルは伏せます)は、忠臣蔵ネタが重要なスパイスになっています。
●「ああ吉良家の忠臣」
優しくて気さくだった吉良の殿さまが、赤穂の浪人に殺された。なんとか仇を打とうとする吉良領の下級武士・良吉の、一周回ってコントのような空回り悲劇。
「そちの名は、なんと申すのか」
「良吉でございます」
「なるほど。たのもしげな若者だな。どうじゃ、ちょっと逆立ちをしてみせてくれ」
(中略)
とまどいながら、良吉はそれをやった。義央は手をたたいて笑った。
「みごとじゃ。そうやっておると、そちも殿さまじゃ」
「は……」
なんのことやら、その時はわからなかった。あとになって考え、良吉と吉良を関連させたしゃれとわかった。よそのことはわからないが、あんなくだけた殿さまは、めったにおいでにならないのではなかろうか。
<『殿さまの日・城のなかの人 (1975年) (星新一の作品集〈16〉)』131ページより引用>
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